君の腕の中で



息を切らして駆けた、長い長い十二宮の階段。
天蠍宮から人馬宮まで、延々と続く階段。
言葉にしてみれば、ごく短い距離に聞こえるかもしれないが、実際は凄く凄く長い距離。
先程まではハッキリと見えていた大きな背中を追って、全力で駆け上がっていく私に対し、その背中は悠然と歩いているように見えて、あっと言う間に小さくなっていく。


やっとの思いで、その背中に追い着いたのは、人馬宮の中でだった。
プライベートルームに入ると、目的の人物は既に着替えも終えて、冷蔵庫の中身を物色している。
ゴソゴソと何かを探す彼は、私の視界の中で大きな背中を丸めて、冷蔵庫の中に頭を突っ込んでいた。


「はぁはぁ……。あ、アイオロスっ……。何で、待ってって言ってるのに……、お、おいていくのよ……。」
「……ん?」


切れ切れの言葉を背中に投げ掛け、私は膝に手を付いた前屈みの姿勢で、ゼーゼーと不協和音の呼吸を繰り返す。
一方の彼は悪びれた様子もなく、肩を竦めて振り返った。


「何でって……。だってアナベル、楽しそうにしてたし。」
「でも、待ってよって、ちゃんと言ったのに。アイオロスは無視して行っちゃったわ。」
「あぁ。まぁ、な……。」


いつもそうだ。
曖昧な言葉で濁して、私を誤魔化そうとする。
追求しようとしても、意外と頑固に本心は明かさず、のらりくらりと私をかわして。


それに――。


「アイオロスってば、何でいつも他の人が居ると、私を避けるの?」
「避けてる? そうか?」
「そうよ。言葉も交わそうとしないじゃない。」
「そうかなぁ……。」


まるで意味が分からないといった風に首を傾げたアイオロスは、心当たりがないのか、ただバリバリと髪を掻き毟る。
そして、もう一方の手に持っていた二リットルサイズの大きなペットボトルに口を付けると、そのまま傾けてゴクゴクと中身を減らしていった。
汗を掻いたペットボトルの中で揺れる透明な水。


「……お水、私も欲しいんだけど。」
「ん? あぁ、ホラ。」
「ホラって、あのねぇ……。」


その大きなペットボトル、しかも、自分が口を付けたのを差し出すアイオロスに、私は溜息を吐くしかなかった。
気が利かないと言うか、鈍いと言うか。
まぁ、彼にそれを期待する方が間違ってはいるのだけど。


「せめてグラスを頂戴、アイオロス。流石に、そのままでは飲めないわ。」
「グラスがいるのか?」


私の言葉に、何で? と不思議そうな顔をした彼は、やはり鈍いというのが一番合ってる表現なのかもしれない。
クルリと後ろを向いてグラスを取りに行ったアイオロスの男らしく逞しい背中に向かって、私はもう一度、溜息を吐かずにはいられなかった。





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