Rainy morning窓辺の鉢植えに水を遣りながら、ぼんやりと窓の外を眺めた。
斜めに降る雨が、叩き付けるように窓ガラスを打っている。
午前十時の春の空は、爽やかとは程遠い陰鬱な雲と、いつまでも止まぬ降雨に覆われていた。
「随分と薄暗いな。まるで夕方みたいだ。」
「アイオロス、もう起きたの?」
背後から響いた声に振り返れば、寝呆け眼のアイオロスが立っていた。
寝癖の付いた髪を掻き毟りつつ、寝衣姿のままでコチラへと近付いてくる。
昨夜は夜勤警護だったのだから、まだ眠ってから数時間も経っていない筈。
こんなに早く起きずとも、昼過ぎまでは、ゆっくりと休めば良いのに。
そう告げたら、彼は小さく微笑んで、目が覚めてしまったのだから仕方がないと、肩を竦めてみせた。
「アナベル。コーヒー、淹れてもらえるかな。」
「今、用意するわ。」
何気ない会話も、時折、雨音に邪魔されて聞き取り難くなる。
バシバシと窓を打つ音、コツコツと窓のフレームや換気フードを叩く音、ザーザーと地面に当たっては跳ね返る音。
一向に止みそうもないリズムに囲まれて、まるでこの人馬宮だけが外界から隔離されてしまったかのような錯覚に陥ってしまいそうだ。
「はい、お待たせ。」
「あ、あぁ。すまない、アナベル。」
「ぼんやりしてるのね。」
「寝起きだからね、仕方ないだろ?」
淹れ立てのコーヒーを持ってリビングに戻ると、アイオロスは呆然と窓の外を眺めていた。
頬杖なんか付いて、唇が薄く開いている。
呆然、まさにその言葉がピッタリな表情をしていた。
思わず吹き出してしまう程に。
「こんなに暗いんじゃ、気力も上がらないさ。」
「確かに。私も何だか、やる気が出なくて。」
「こういう日は仕方ないんだろうなぁ。」
二人して並んで座り、一向に色の変わらない、厚みも明るさも変わらない、延々と続く灰色の雲を見上げる。
そこには打ち付けては流れてを繰り返す激しい雨と、その雨の雫に映る歪んだ景色だけがあり、後はただ、私達の呟く声と息遣い、そして、静寂が広がるばかり。
「だったら、ベッドに逆戻りすれば良いでしょ。気力がないなら寝ちゃえば良いのよ。元々、今頃は寝てる筈の時間なんだから。」
「そうは言ってもなぁ……。寝る気力すら起きない。」
「どれだけ怠け者なのよ。それでも黄金聖闘士? それでも教皇補佐?」
付いていた頬杖すらグテンと崩して、テーブルの上に突っ伏したアイオロスは、何もかもがどうでも良いと言いたげに、ヒラヒラと軽く手首を振ってみせる。
聖域の英雄と謳われる人が、こんな子供みたいに駄々を捏ねてるなんて。
突っ伏したままの彼の頭頂部を苦笑混じりに眺める私。
すると、その金茶の癖毛を揺らして、突然、ガバリと起き上がったものだから、私は驚いて口を開け、目を輝かせたアイオロスの表情を黙って見返すしか出来なかった。
「なら提案。こんな天気だし、アナベルも家事とか色々、やる気失せてただろ?」
「え? まぁ、そうね。」
「だったら一緒に……。」
そう言って、その太く長い指が示す方向は、先程まで彼がいた場所。
つまりはベッドルームのドア。
「一緒にどう? アナベルは俺がグッスリ眠れるように、ちょっとだけ相手してくれれば良い。」
「さっきまで気力ゼロだった割には、随分と元気いっぱいになったようね?」
「そうかな? 全然、ダルさが抜けない感じがしてるんだけど。」
その割には、ニコニコしちゃって。
つい先程までは、外の天気と同じだけドンヨリしてたクセに、今は真夏の熱風みたいな顔してる。
これじゃ、ちょっとだけの相手では絶対に済まないだろう。
「このまま眠れないんじゃ、明日の執務にも影響が出る。俺だけの問題じゃない、聖域全体の問題、皆が困る。アナベルが『うん』と一言、頷いてくれれば問題は解決するんだけどな?」
「そう言われても……。」
どうせ選択肢なんて端からないのでしょう?
分かり切ってるわ、そんなの、いつもの事だもの。
だったら初めから、私の許可なんか求めないで、問答無用に拉致しちゃえば良いのに。
まだ彼の温もりが残る、大きなベッドの上へと。
雨音に消される、密やかな睦言
「返って興奮して、眠れなくなったりして。」
「それはないだろう。俺はアナベルにいっぱい満足させてもらう予定だから。」
「って、やっぱり、ちょっとじゃ済まないじゃないの。」
「ん? ちょっとなんて言ったっけ、俺?」
‐end‐
いつも百万馬力(色んな意味で)のロス兄さんが、ちょっと元気がなかったりしたらどうなるんだろうと思ったんですけど、結果、やっぱりソッチに走る事が分かりました^^;
何があっても、ロス兄さんは(エ)ロス兄さんらしいです。
2013.05.16
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