未来はどちら?



面倒な書類との格闘を終えて、俺が人馬宮に帰り着いたのは、午後七時を過ぎた頃だった。
プライベートルームへと繋がる扉を開ければ、部屋の中からは食欲をそそる良い香りが漂う。
今夜は俺の好きなビーフシチューに違いない、この深く濃い美味そうな香り。
その香りに誘われて、上機嫌でリビングへと足を踏み入れた俺だったが、しかし、ソファーに座っていたアンディの浮かない顔を見た途端、上々だった気分が一気に下降した。


「ただいま、アンディ。」
「あ、おかえり、アイオロス。ゴメンね、気付かなかった。」
「どうした? 具合でも悪いのか?」


慌てて立ち上がったアンディは、その綺麗な顔に咄嗟に笑顔を浮かべる。
流石は『スーパー女官』と呼ばれていただけの事はある、その切り替えの早さ。
だけど、俺に対して、そんな見せ掛けの表情を作る必要なんてないだろ。
俺は彼女の頭を小さくポンポンと撫でると、その華奢な肩を抱いて、共にソファーへと腰を下ろした。


「疲れているなら、無理をするな、アンディ。」
「違うわ、そうじゃないの。」
「なら、なんだっていうんだ? そんな浮かない顔をして。」
「それは……、アイオロスは聞かない方が良いと思う。」
「どうして?」


俺に聞かせたくない事か?
アンディが俺に隠し事をするとは考え難い。
とすれば、男相手に言うのが恥ずかしい事だろうか。
それにしては、彼女の態度がおかしい、とても女の子の事情を抱えて悩んでるという風ではないし。


「聞いたら後悔するわよ。」
「しないよ。ほら、言ってみて。」
「あのね、その……。お父様が……。」


でた、お父様。
そうか、そうだったか。
確かに俺が聞けば絶対に後悔するだろう事が、そのたった三文字に集約される存在。
アンディの父親。


彼女の父親は、この聖域に住まう者ならば誰しもが知っている存在。
聖闘士ではなく神官、そのトップに君臨する神官長、その人だ。
一般の文官達においては最高位にいる、お堅くて厳しいと有名な人物。
これまでアンディに近付こうとする者は、神官だろうが文官だろうが、はたまた聖闘士だろうが、悉く排除し続け、結果、彼女を落とすための最大の難関、陰では『鬼親父』とまで呼ばれている人。


俺の場合は猛反対される事もなかったが(と言っても、既成事実を作った挙句に、アンディを人馬宮に無理矢理引っ越させてからの報告だったために反対のしようがなかったんだろうが)、未だに顔を突き合わせる度にネチネチと恨み言やら何やらを吹っ掛けられるのだから、流石の俺もうんざりしているのが事実。
今では「娘とは、いつ結婚するんです?」と、それがまるで挨拶のように聞いてくるのだ。
俺でなくとも苦笑い、もしくは胃痛・胸焼け、その他諸々の症状を起こす事、間違いないだろう。


「で、親父さんが何か言ってきたのかい?」
「何も。ただ、これを届けてきたの。」


そう言って、アンディが差し出したのは、分厚いウェディングドレスのカタログだった。
つまりは「早く結婚しろ。」との遠回しな催促。
俺は苦笑いを浮かべて、それを受け取るしかない。





- 1/2 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -