雨上がりの朝空に銀のベールを昨夜、夜明けの少し前。
一時的に降った大雨の影響だろうか。
仕事へ行こうと外へ出たら、ヒヤリとした空気が清々しくて、私は真上を見上げて空を見た。
そこには、既に雲一つなく、真っ青な空が広がるばかり。
何だか聖域全体が、昨夜の雨によって浄化された、そんな気がして。
今日は新鮮な気持ちで仕事が始められそうと、そう思った。
「よぉ、アリア。随分と早ぇじゃねぇか?」
「……デスマスク様? そちらこそ、どうされたんですか? こんな朝早くに。」
職場の教皇宮へ向かう途中、この時間には珍しい人に出くわした。
朝のこんな早い時間に、この人が外にいるなんて……。
「ンだよ? その目は。」
「いや……。もしかして、朝帰りかなと思いまして。」
「俺の朝が早ぇと、何でも朝帰りになンのか……。」
渋いと言うか、呆れた目を私に向けて、バリバリと髪を掻き毟る彼。
だが、ピタリと足を止めたかと思うと、今度は目を細めて、私をジッと見つめた。
「オマエこそ、朝帰りじゃねぇだろな?」
「まさか。デスマスク様じゃあるまいし、一緒にしないで下さい。」
「オマエね。何気に失礼だな。」
立ち止まったまま向かい合って、私達は互いの顔をジッと見つめる。
それは戯れに睨み合う、そんな感じで。
ちょっとしたキッカケがあれば、プッと吹き出してしまいそうな。
「ンだよ、アリア?」
「デスマスク様こそ。」
笑いそうになるのを堪えながら、相手の様子を互いに伺う。
そして、彼は片眉を上げた後、照れ臭そうに俯いてしまった。
その仕草が何気にちょっと可愛い。
なんて思った事がバレたら、彼に怒られるに違いない。
「なんだか、急に目が覚めてな。こんな時間になンて、珍しいんだが……。」
「あ、デスマスク様もですか? 私もです。」
同じ日に、同じタイミングで、同じように目が覚めた。
偶然と言えば偶然だが、ココでこうしてバッタリと彼に出くわした事を考えると、それは必然にも思えてくる。
ぼんやりと、そんな事を考えていたら、視界の中の彼が揺れた。
一歩、自分に近付いた彼を、私は首を持ち上げて見上げる。
背の高い彼を下から見上げれば、背後に差した朝日が眩しくて。
思わず細めた視界の中に、その光にキラキラ輝く彼の銀髪が、とても美しく映った。
触ってみたい……。
そんな事、ついつい思ってしまう。
それくらい彼の髪は綺麗だった。
雨上がりに輝く、空の色を映し出す水溜りのように。
「なンだよ……?」
再び彼が問う。
でも、私に尋ねておきながら、彼は私の心など見透かしているようで。
上から見下ろした彼が、ニヤリと独特な笑顔を見せたのが分かった。
「あの、ですね……。」
お前の考えてる事なんざ、お見通しだ。
そう言わんばかりの彼に、少し腹を立てて。
ちょっとばかり悔しかったから、ホンの少しからかってやろうとか、不届きな事を考えた。
「デスマスク様のほっぺた、触らせて下さい。」
「……は?」
思わぬ言葉に目を丸くする彼。
不意打ちは大成功だった。
「近くで見たら、思ってたより柔らかそうだったので、プニッと突っつかせて下さい。」
「突っつくって、オマエ……。」
一瞬、困ったような顔をして私を見る。
彼のそんな表情、滅多に見れるものじゃないから、少しばかりの優越感に浸った私。
すると、刹那に切り替わった彼の悪戯な笑顔に、自分の意思を飛び越えて、胸が勝手にドキッと高鳴った。
「触らしてやっても良いが、見返りを貰わねぇとな。」
「……見返り?」
聞き返した時には、もう遅く。
気付いた時には、手遅れだった。
「っ?!」
彼はもう、見返りを私から貰っていた。
と言うより、奪っていた。
唇に温かで柔らかな感触。
そして、目の前に揺れる、光をいっぱいに浴びた銀の髪。
私は目を見開いたまま、でも、彼は瞼を閉じて。
デスマスク様って、意外と睫が長いのね。
なんて、至近距離でその整った顔を見つめながら思った。
名残惜しげに離れる唇。
その途端、彼で陰になっていた朝日が視界に飛び込んで、眩しくて立ち眩みがした。
いや、それは眩しさのせいではないかもしれない。
彼の唇から伝わる、ありとあらゆる感情に混乱して、胸がキュッと締め付けられたから。
キスの甘さに酔って、ココが何処かさえ忘れそうになる
「ほら、触れよ、アリア。良い具合に上等の見返り貰ったしな。」
「やっ! もう、デスマスク様のバカッ!」
「ぁあ? バカって何だよ、バカって?!」
ポンポンと自分の頬を叩いて私に突き出した彼を、ドンッと思いっきり突き飛ばした。
それは明らか過ぎる照れ隠し。
‐end‐
蟹さまは『夜中に飲み明かして朝帰り』的なイメージがありますが、そこを何とか覆そうと思って、『朝の爽やかな蟹さま』を演出しようと目論みました。
が……、見事に撃沈しました(苦笑)
朝でもこってり濃ゆいのが蟹さまだと、改めて理解した次第です。
2008.06.11
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