恋の不思議



はじめは、とても嫌いだった。
デスマスク様の事。


あの人を舐め回すように見る視線とか。
小バカにしたようなニヤリ笑いとか。
デリカシーのない笑い方とか。
話し方とか、言葉遣いとか、兎に角、全部。
全てが苦手だった。


特にあの瞳。
心の奥まで見透かすように強い光を宿す、その紅い瞳。
視線を向けられる度、射竦められたように身動きが出来なくなる自分がいるのに気付き、余計に嫌気が差した。


「なぁ、オマエよ。なンで、そンなに俺の事、意識してるワケ?」
「……は? 意識なんてしてませんが。」
「嘘吐け。だったらなンで、いつも俺から目ぇ逸らしやがる?」
「それは……。」


その目が怖いからですと言ったら、こっ酷く怒られそうな気がして、口を噤む。
そんな私の様子を勘違いしてか、デスマスク様は例のニヤリ笑顔を、その顔に浮かべた。


「ほれ見ろ。やっぱ意識してんじゃねぇか。」
「や、本っ当に違いますから。」


そんなやり取りがあってからというもの、彼はやたらと私を構うようになった。
まだ勘違いをしているのか、違うと分かっててワザとからかっているのか。
デスマスク様の真意は判りかねたが、ただ、彼に対しての『嫌気』は、いつの間にやらなくなっていた。


「よぉ、アリア。今晩、ウチの宮に飲みに来ねぇか?」
「良いですよ、行きます。」


それどころか、今では気軽に付き合える、飲み仲間のようになっており。
いつもこうして気が向くと、共にお酒を飲んでは、一緒に過ごすようになっているのだから不思議と言うか、人と人との関係は、どう転ぶか分からないと言うか。


「なぁ、アリア。オマエ、本当に男いねぇのか?」
「悪かったですね、恋人の一人もいなくて。」


それは、いつものように巨蟹宮で飲み明かしていた夜の事。
私に恋人がいないのを知っていて、こんな事を言い出すデスマスク様は、相変わらず意地悪だと思った。


「だったらよ……。俺の女にならねぇか、アリア。」
「はぁぁぁ? また、そんな質の悪い冗談を。」
「冗談じゃねぇって。オマエ、俺が冗談でこンな事、言うと思ってンのか?」
「どうせ、そこら中の女の子、口説いて回っているのでしょう?」


噂通りならば、彼は相当に女癖が悪い筈。
下手な誘惑に乗って、泣きをみるのはゴメンだ。
私は手近な酒瓶を引っ掴むと、自分のグラスに、その中身をドボドボと注いだ。


と――。


その腕を急に掴まれて、グイッと彼の方へ引き寄せられる。
抱き竦められた状態で、私の目の前には、真剣な表情をしたデスマスク様の整った顔があった。


「どっから聞いた噂か知らねぇが、ちゃんと俺自身を見て、そう判断したのか?」
「え……。あ、あの……。」
「目を見りゃ分かンだろ? 俺の気持ちが、何処にあるのか。」
「デス、マスク、様……?」


何て真剣で真っ直ぐで強い瞳だろう。
嘘なんて吐いてない。
この人、本気で私を恋人にしたいと、そう思っているんだわ……。


「分かったろ? なら、どうする? 俺の女になるか、それとも……。」
「それとも?」
「折角のチャンスを無碍にして、寂しい人生を送るか。どちらかだ。」


寂しい、人生?
この人と共に過ごさない人生は、そんなに味気ないものなのだろうか。


「後悔はさせねぇよ、アリア。最高に満足させてやる。このデスマスク様がな。」
「それはまた凄い自信ですね……。」
「そりゃあ、当たり前だろ。俺は黄金聖闘士だぜ。」


いつものニヤリ笑顔が、今夜はヤケに眩しい。
この高揚した心のままで、私はイエスと言っても大丈夫なのだろうか?
だけど、確実に分かっているのは、私は接すれば接する程に、彼に惹かれていくだろうという事ばかりだった。



紙一重の感情に惑わされ、ただ流されていくの



「で、返答は?」
「今直ぐじゃなきゃ、駄目なんですか?」
「待つのは苦手なンだよ。」
「どうしようかな……。」
「焦らすな、早く決めろ。」



‐end‐





何か激しく蟹さまじゃないみたいなんですが、これは、誰?
蟹スランプに突入したかな?
それは困った……。

2008.04.28



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