夢のあと味



まだ明けきらない薄闇の朝に、微かにボンヤリとした霧が掛かる。
その霧を裂いて、私は朝の聖域を、ひたすら走っていた。


シーンと静まり返った早朝の空気に、私の足音だけがヤケに高く響く。
コツコツと鳴る靴音は、次第に音の間隔を狭めていき……。


――バターン!


駆け込んだ巨蟹宮のプライベートルームは、寒気が覆う外とは違い、温かな空気が流れていた。
その部屋の真ん中、立ち尽くす彼の後ろ姿が、真っ先に視界に飛び込む。


「デスマスク!」


その姿が見えた次の瞬間には、振り返った彼の胸に向かって飛び込んでいた。
ボスッと小さな音を立てて、私の身体は彼の腕の中にしっかりと収まる。


「……オイ。なした、アリア?」


唖然とした表情のまま、私を見下ろした彼。
咥えたままの煙草から、細く紫煙が立ち上っている。


「ん……、デスマスク。良かった……。」
「良かった? 何がだ?」
「どこにも行かない……。ちゃんと、ココに、いる……。」
「アリア、オマエ……。」


怖い夢を見た。
凄く嫌な夢。


いつものように巨蟹宮へ来たら、そこにはもう、デスマスクがいなかった。
誰もいない宮に佇む私。
突然、デスマスクがいなくなった夢。


「デスマスクがいなくなるなんて、嫌……。」
「安心しろ。俺はいなくなったりしねぇよ。」
「嘘……。前は、いなくなった。」
「アレはしゃあねぇだろうが?」


確かに感じられる彼の温もりを、離したくはなかった。
その存在が消えてしまわないように、更に強く彼の身体を掻き抱く。


私の心は夕べの悪夢から、まだ今も覚めていないのだろう。
心だけでなく、身体の震えすら止まりそうになかった。


「オマエ、震えてンじゃねぇか。」
「デスマスクのせいよ。」
「は? 俺は何にもしてねぇだろ?」
「したわ。夢の中で、私を置き去りにした。」


それに、あの日も……。
あの日も、彼はいなくなった。
私の前からいなくなった。


だから、いつも酷く不安だ。
また、私は一人になるのではないかと。
彼に置き去りにされてしまうのではないかと。


「心配すンな、アリア。もう、ンな事はしねぇよ。」
「ホントに?」
「あぁ、『絶対』だ。」


胸にしがみ付いていた私の身体を引き離すと、彼は咥えていた煙草を近くの灰皿に押し付けた。
淡い煙草の煙が、ふと途切れ、それを見ていた私を、今度は彼が強く抱き締める。


「オマエを置き去りにしたら、ぜってぇ成仏出来ねぇだろな、俺は。」


彼の腕の中は温かい。
その温もりが、嘘ではない事を言葉より確かに伝えてくれる。


大好きだよ、貴方が。
だから、もう置いていかないで。



神も仏も知らない
貴方がいれば、それだけで



「でも、デスマスク。何でこんな朝早くに起きていたの?」
「な〜んか予感がしてよぉ。オマエが来るような?」
「きっと運命よ。」
「アホか。運命なンてねぇよ」



‐end‐





悪夢を見て蟹さまに甘えるヒロインみたいな?
ありがちなネタですねぇ……。
発想が乏しいなぁ、最近。

2008.04.22



- 1/1 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -