青い薔薇模様の



「どうぞ。これ、使ってください。」
「お、サンキュー。悪ぃな。」


ポタポタと大粒の雫が垂れる前髪の下に、持っていたハンカチを差し入れた。
顔面ビショ濡れのため、こちらを確認できないままにハンカチを受け取り、遠慮なく顔を拭う人を見下ろし、私は溜息を吐く。
一体、こんなところで何をしているんだか、この人は。


「……って、なンだ、アリアか。何してンだ、こンなトコで?」
「それはコチラの台詞です。デスマスク様こそ何をしてらしたのですか?」


ちなみに私はお休みだったので、水辺の涼しい木陰で、読書でもして過ごそうと思って、ココにやって来た。
で、水辺に到着したところ、小川に向かって身体を倒し、水の中に頭を突っ込んでいる人がいるではないですか。
吃驚しました、ホントに吃驚しました。
だが、それがデスマスク様だと気付き、そして、私が止めるよりも前に水から顔を出した彼の姿に、安堵と呆れの息が漏れた。
そんな状況だったからこそ、やや不躾に、そして、ぞんざいにハンカチを差し出したのだ。


「急に頭を冷やしたくなっただけだ。」
「だからといって、川に頭を突っ込むだなんて……。」
「目の前に水があるってンだから、誰でも同じ事すンだろ。」


しません、間違いなくしません。
もう一つ、呆れの溜息。
そして、無造作に顔を拭う彼を見遣る。


「青薔薇模様ねぇ、アイツの顔が思い浮かんでイラつくな。……つーか、コレ、凄ぇオマエの匂いがする。」
「ハンカチの匂いですか?」
「いつもアリアからする香水だな、これは。」


でも、ポケットに入れていただけのハンカチ。
香水を染み込ませている訳でもないし、そもそも私、付けている香水はホンの少しだけだ。
手首に少し、首筋に少し、耳朶にちょっとだけ。
プンプン身体中から匂いを撒き散らし、周囲が顔を顰めるくらいに匂いを振り撒いて歩く、そんな迷惑な人達とは違う。


「嗅覚が一般人より発達してンだよ。動物並みに匂いに敏感でね。」
「それってデスマスク様だけ? 他の黄金聖闘士様も同じなのですか?」
「多分、俺の固有の特殊能力だ。他のヤツ等は一般人よりも多少優れてる程度だが、俺は味覚も聴覚も視覚もズバ抜けてイイ。その代わり、触覚が鈍くてな。指を切った程度じゃ痛みも感じない。文字通りの痛くも痒くもねぇってヤツだな。」


それで、ポケットに入れていただけのハンカチでも、僅かな私の香水の匂いを感じ取ってしまったのか。
前々から不思議な雰囲気を感じる事はあったけど、あの俺様な態度と上手い口車に誤魔化されて、深く考えてみる事はなかった。
初めて聞かされた特殊な能力の事もそうだけど、普段の印象にあるデスマスク様と、実際のデスマスク様とでは違っているところが多い。
口が悪くて、ガサツで、目付きも顔も怖くて、粗暴な人なんじゃないかと思い込まされているけれど。
本当は誰よりも気が利いて、周りを良く見ていて、細やかで繊細な人なのだ。


「アリア、コレ、洗濯して返すわ。」
「え? 良いですよ、そんなわざわざ。」
「汗の匂いとか付いちまってるかもしれねぇだろ。それとも俺の匂いがすンのがイイってのか? フェチだな、オマエ。」
「いやいやいや! フェチじゃないです! ないですので、お洗濯を宜しくお願いします!」
「おう。明日には返す。」


そう言って、デスマスク様はノソノソと歩き去っていった。
残された私は、呆然と遠ざかる後ろ姿を眺めていた。


***


翌朝。
私のデスクの上には、綺麗にアイロン掛けまでした青い薔薇模様のハンカチが置いてあった。
朝早く、私よりも早くに教皇宮に来て、こっそりと置いて行ったのだ。
全く、デスマスク様らしくないわ。
いや、違う。
寧ろ彼らしい。


きっちりと畳まれたハンカチを手に取り、無意識に顔に近付け、気付く。
仄かに移った彼の香水の香り。
そして、微かに感じる煙草の匂い。
思わず、口の端に笑みが浮かぶ。
きっと、それはワザと残したものなのだろう……。



青い薔薇のハンカチは
淡い恋心の予感



‐end‐





蟹月間なので、まず1本目に小話を。
蟹さまが、五感のうち四感が異常に優れている代わりに、残りの一感が普通より鈍いというのは、我が家で勝手に決めた特殊設定です。
料理上手だとしたら味覚と嗅覚は優れているだろうし、霊魂が見える系で且つ黄金位にいるので視覚も発達しているだろうし、春麗ちゃんの祈りが聞こえてくるくらいの神経質さを思えば聴覚も良いだろうと。
その反動で、触覚が鈍いってハンディを付ければ、特殊アルビノの蟹さまのイメージに合うなぁと思った次第です。

2021.06.10



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