異色の夕食



夕食の食材を買い出しするために聖域内の市場へと行っていた私は、大きな紙袋を抱えて帰り着いた巨蟹宮で、出掛ける前には居なかった人がリビングの床に転がっているのを発見し、暫し呆然と立ち尽くした。
ソファーの前のラグの上で伸びているのは死体ではなく、この宮の宮主様。
二日前から任務へと出ていたが、私が買い出しに出ている間に帰宅したらしい。
余程、疲れていたのか、寝ていないのか、どちらか分からないが、ソファーが目の前だというのに、何故、床で寝ているのか……。


「こんなところで寝ちゃって、うっかり踏ん付けてしまったら、どうするんですか……。」
「ヤメロ、アリア。踏むな。」
「わっ?! 起きていたんですか?!」


吃驚した!
起きているなら、床でなんて寝ていないで、ソファーの上にでも這い上がってくださいよ。
出来るでしょう、その程度ならば。


「煩ぇなぁ。柔らかいトコで寝たくなかったンだよ。固ぇトコで手足を伸ばして広がってたかったンだ。」
「何ですか、それ……。」


呆れて見ている間に、モゾモゾと上半身を起こすデスマスク様。
ガシガシと銀の髪を掻き毟り、ボーッと床の一点を見つめている。
これは、起きていると言える状態なのでしょうか?


「やっぱり、ちゃんと眠った方が良いですよ、ベッドの上で。」
「……夕メシ。」
「はい?」
「夕メシ、作るンだろ? 寝るのは、それ食ってからでイイ。」
「はぁ……。」


そう仰ってくださるのは嬉しいが、疲れ切った様子を見ていると、早く休んだ方が良いとしか思えない。
別に無理して食べていただく程のものではないのだし。


「何? そンな適当に作ったモンを俺に食わせてンのか、アリアは?」
「いやいやいや、そういう訳ではないですけど。今のデスマスク様には、食事より睡眠が必要です、絶対に。」
「俺がメシを食いたいっつってンだから、メシだ。」
「はいはい、分かりました。」


何処の横暴君主様ですかね、この人は。
人の心配を無碍にして、我が儘いっぱい、言いたい放題。
私は溜息を吐きつつ、紙袋を抱え直した。
デスマスク様は再び床に寝そべり、ラグの上でゴロゴロと転がっている。
疲れているならサクッと寝てしまえば良いのに、何を考えているのか、何がしたいのか、私には分からないわ。


取り敢えず、転がり続ける人は放置して、私はキッチンで夕食の準備に取り掛かった。
「睡眠よりメシだ!」と言ってくれている、その気持ちが変わってしまう前に、急いで用意してしまわないと。
そう思って、一心不乱に調理をし、いつもよりも僅かに早く準備を終える事が出来た。
後はダイニングテーブルに食事を並べるだけになったところで、デスマスク様の様子を窺いにリビングへと戻る。
と、彼は既に身を起こしていて、ラグの上に座り込んでいた。


「スパイシーな良い匂いがしてるな。カレーか?」
「正解です。美味しいナンの焼き方を教わったので、早速、作ってみました。」
「カレーか……。よしっ!」


デスマスク様は勢い良く立ち上がると、奥の部屋へと消えた。
程なくして戻ってきた彼は、手に持っていたオリエンタル風の大きな布をラグの上に広げ、ソファーに置かれていたクッションを全部、その布の前に並べた。


「アリア、今日はココで食うぞ。」
「ココって……、床の上で? 床に座って食べるのですか?」
「アラブな雰囲気で、ちょっとイイだろ?」


ラグの上とはいえ、正直、埃とか塵とか、色々と心配なのですが……。
などと思わず呟いてしまったのを耳聡く聞かれて、「オマエは掃除もマトモにしてねぇのか?」と、怒られてしまった。
いや、していますよ、ちゃんとお掃除はしています。
でも、やはり床の上で食事するのは抵抗がある。


「なンでも経験が大事ってな。やってみたら、意外と楽しいモンだ。」
「はぁ……。」


本日二度目、呆然と立ち尽くす私を余所に、デスマスク様が広げた布の上に料理を次々と並べていく。
山と積まれたクッションと、その前にビッシリと並べられた料理を見ていると、確かにアラブな雰囲気がプンプンとしてきた。
ニヤリと笑んだデスマスク様が、クッションに埋もれて私を手招きする姿は、まるでアラブの大富豪のようでもあり、そんな様子が何だか可愛くも思えてきて。
私は小さく肩を竦めた後、彼の隣に腰を下ろした。



こんな夕食も楽しいもの



(お? 美味いな、このナン。誰から教わったって?)
(シャカ様ですが。)
(マジでか?!)



‐end‐





またしてもホノボノ話になってしまった(汗)
意味不明に床に転がる蟹さまが最初に思い浮かび、それからアジアの富豪チックな蟹さまが思い浮かび、両者をミックスさせたら、訳の分からない話になりました(滝汗)
蟹さまとカレー食べるなら、彼の手作りカレーを食べたいです。

2019.07.14



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