無防備な宮主様



夕方、聖域内にある市場での買物を終えて巨蟹宮に帰り着いた私は、そこに居ない筈の人の姿をリビングに見つけて、驚きに立ち止まった。
今日は執務当番だから、帰宅は早くても十八時頃だと思っていたのに。
この宮の主であるデスマスク様は、私の買物中に戻ってきたのか、今はソファーに寝そべって、ぐっすりお昼寝の真っ最中。
まぁ、お昼寝と言うには少々遅い時間だけれども。


「お腹……。」


普段であれば、そのまま放っておく私だが、どうにもその寝姿が気になって仕方なくて、ついつい足を止めてしまった。
お腹が丸見えなのだ。
丈の短いTシャツが胸の下辺りまで捲れ上がり、見てくださいと言わんばかりの真っ白いお腹が視界に曝されている。


「確かに見せても良いくらい立派な腹筋ですけどねぇ。いくら初夏とはいえ、風邪を引きますよ、そんなお姿では……。」


キッチンに籠もる前に寝室へ行き、バスタオルを持ってリビングに戻る。
お腹を隠すようにそっと掛けると、デスマスク様は小さく身動ぎをしたが、目を覚ます事はない。
うん、これで良し、と。
私は安心して夕食の準備に入った。
のだが……。


少し気になって様子を見に行ってみると、また見事にお腹を出して寝ていた。
掛けた筈のバスタオルはガッチリと握り締められ、右手と一緒にソファーの下へ。
無意識で剥いでしまったのか、暑さのせいで邪魔になったのか。
何れにしても、このまま夕寝をさせておくのは非常に宜しくない。


「デスマスク様、起きてください。」
「…………。」
「デスマスク様〜、起きないと風邪引いちゃいますよ〜。」
「…………。」
「こんなにお腹を出してたら、つねっちゃいますよ。爪を立てて引っ掻いちゃいますよ。いっそお灸でも据えますよ、お腹に。」
「……ヤメロ、アリア。」


あ、起きた。
全く……、ドコから起きていたのか、この人は。
最初から起きていたのか、寝た振りなのか。


「もう直ぐお夕食ですから、起きてくださいね。それと、お腹。出しっ放しにしてると冷えてしまいますよ。」
「煩ぇなぁ。母親か、オマエは。暑ぃンだからイイだろ。」
「宮主様の体調管理をするのも私の仕事です。文句を言われようが、ネチネチ言い続けますよ、ネチネチ。」


あ〜、面倒臭ぇ。
そう悪態を吐きながら起き上がったデスマスク様は、渋々、Tシャツの裾をズボンの中に押し込んだ。
子供みたい。
一歩、巨蟹宮から外へと出れば、あんなに偉そうに風を切って歩いているというのに。


「ンだよ、アリア?」
「いえ、別に何も……。」
「宮の中でくらい、ダラダラゴロゴロしたってイイだろ。気ぃ張ってンのも疲れンの。」


はいはい、そうですか。
そうやってオンとオフのメリハリを付けて、任務や執務を全力で頑張ってくださるのなら、それで良いですけどね。
女官としてアレコレとお世話した甲斐があるというもの。


「晩メシは?」
「シュラ様から生ハムをいただいたので、生ハムとアボカドと茹でシュリンプのサラダを。それと五種の豆と新鮮なレバーのトマト煮込み。パスタは……。」
「アッサリしたのがイイ。キャベツあったろ、一玉。それと生ハムを絡めて、塩・胡椒のシンプルな味付けのヤツな。」
「作り置きのパプリカのマリネもありますし、十分ですね。」


サッとソファーから立ち上がったデスマスク様は、「メッシメーシ、メッシメシッ♪」と鼻歌を歌いながらキッチンへと向かっていく。
きっと自分でパスタを茹でるつもりなのだろう。
不機嫌から上機嫌、他人の目がないところでは子供みたいに我が儘。
でも、そんなところがちょっとだけ可愛くて、愛おしくも思えた。
それが私だけに見せる特別で、唯一の油断した姿だからだと知っているから。



貴方のプライベート独り占め



(ヘークシュン!)
(あ、ほら、言わんこっちゃないです。風邪、引いたんじゃないですか? お腹丸出しで寝ているから。)
(違ぇ、誰かが俺の噂をしてンだよ。)



‐end‐





当初のタイトルは「甘えん坊宮主様」でした(笑)
タイトル負けが決定だったので変更しましたが。
で、甘えん坊な蟹さまを書きたかっただけです。
あと、お腹を出して無防備に寝ている蟹さまを書きたかっただけですw

2017.07.02



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