残暑の夜の攻防戦



残暑厳しい夜の事。
窓を開けても、少しも風は入ってこない。
停滞した重い空気が部屋の中に沈殿し、呼吸も苦しくなってくる程の暑さ。
ゴロゴロと何度となく寝返りを打ったところで、眠れないものは眠れないのだ。
眠りたいのに眠れない、この苛立たしさ。
私は「ああ、もう!」という、不満をいっぱいに籠め捲った声と共に、ベッドの上に起き上がった。
ひたひたと足音を忍ばせて、向かう先はただ一つ。


「あの〜。」
「…………。」
「起きていますか〜。」
「……。」
「起きてくださいって、デスマスク様〜。」


勝手に部屋に入り込んだ挙げ句、ユサユサと身体を揺さ振って起こしに掛かった相手は、私が勤める宮の主様。
身体を丸めて背を向け、ピクリとも動かないでいるけれど、絶対に寝た振りだわ、間違いなく寝た振り。
だって、こんなに暑くて寝苦しい夜に、こんなにグッスリ眠れる訳がないもの。
私だって眠れないくらいなのに、あのデスマスク様が眠っているだなんて信じられない。


「……という訳で起きてください。」
「アリアよぉ。なンでオマエが寝られねぇからって理由で、俺まで起こされにゃなンねぇンだ?」
「暑くて眠れないなら、いっそ、もっと暑くなって眠らなきゃ良いと思いまして。」
「だから、なンで俺が、それに巻き込まれなきゃなンねぇンだっての? あ?」
「だって、一人では出来ないのですもの。相手がいなければ。」


デスマスク様が腰の辺りまで掛けていたタオルケットを、グイと引き剥がす。
下着一枚で眠っていたのか、上半身裸の胸が、ジットリと汗ばんでいた。
ほら、やっぱり暑かったんじゃないですか、そんなに汗を掻いて。
モソモソとダルそうに起き上がった彼は、いつものように銀の髪を掻き毟った。


「で、相手がいねぇと出来ねぇ事ってのは何だ?」
「エッチな事です。これだけ暑いなら、エッチな事に勤しんで、もっと汗だくになれば良いと思いまして。激しい運動をすれば、心地良く疲れて、明け方くらいには眠れるようになるんじゃないかと。」
「却下。」
「えっ?!」
「遠慮しとくわ。俺は寝るから、アリア、オマエは自分の部屋に帰れ。」


冷ややかな視線を感じたと思った刹那、デスマスク様はクルリと私に背中を向けて、そのままベッドに転がった。
ええええっ?!
折角、起こしたのに、また寝てしまうだなんてヒドいです。


「女の子が勇気を出して誘っているのに、どうして無碍に出来るんですか? こんな美味しいお誘いなのに!」
「煩ぇなぁ、ったく。誘われたところで、ヤる気が出ねぇンだからしゃあねぇだろ。」
「出してください、ヤる気くらい!」
「出るかよ。さっぱりソソられねぇってのに。」


寝転がったままの体勢で、デスマスク様がゴロリと私の方へ身体を向ける。
真下から見上げてくる紅い瞳には、暗闇でもそれと分かるくらいの呆れが浮かんでいた。


「ンな色気のねぇ誘い方なら、眠気の方が勝つに決まってンだろが。アリア、オマエ、男を何だと思ってンだ?」
「女の子が誘えば、喜んでウホウホで圧し掛かってくるのが男の人だと思っています。」
「オマエ、もう帰れ。男の気持ちも分かンねぇヤツが、俺の睡眠の邪魔すンな。」


再び、ゴロリと回転し、私に背中を向けてしまったデスマスク様。
慌てて近寄りユサユサと身体を揺さ振るが、一向に相手にしてくれない。
本当に寝てしまったとは思えないので、多分、これも寝た振りだろうけれど。





- 1/2 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -