エトランゼ



シャワー室から戻った私が見たものは、眉を顰めて窓の外を見下ろす彼の姿だった。
その珍しい紅い瞳を凝らして、鋭い視線を送る先は、薄闇と薄い雨の煙に包まれたパリの街。
そこに在る何か、または誰かを、その視線で射殺してしまいそうな鋭さに、私は思わず息を飲み、声を掛ける事を躊躇った。


「……アリア? なした?」
「いえ、別に何も……。」


こちらから言葉を掛けるより前に、私の存在に気付いた彼が、スッと視線を向けた。
首を振り、言葉を濁して俯いた私だったが、腰を下ろしたベッドが更に沈んだのと同時、小さな軋み音を上げたのを受けて、ゆっくりと顔を上げる。
隣には、窓の傍から移動してきた彼が座っていて、ジッと私を見下ろしながら、言葉の続きを待っているかのよう。
その瞳の力が余りに強くて、私は言葉を濁したままではいられないと悟った。


「何を見ていたのかなって、思ったの。窓の外に。」
「別に。何となく眺めてただけだ。」
「本当に? まるで誰かを射殺しでもしそうな視線だったけど。」
「俺の目付きの悪さは生まれ付きだって、前に言わなかったか?」


鋭い眼差しは、そのままに、スッと伸ばした手で髪を撫でてくる。
その手は直ぐに髪を割って潜り込み、現れた敏感な首筋を、長い指で辿り始めた。
ビクリ。
一度、軽く跳ねて、それからジワリと震えが走る身体は、彼が長年掛けて教え込んだ賜物だ。


「だって、殺し屋さんなんでしょ?」
「は? 俺が殺し屋? 誰がンな事、言ったよ?」
「何年前だったかな。デスって殺し屋さんなの? って聞いたら、まぁ、そんなモンだなって、答えたじゃない。」
「覚えてねぇよ、ンなモン。つか、よっぽど答えンのが億劫だったンだな。俺は殺し屋なンかじゃねぇってのに、迂闊に肯定なンざしたトコみると。」


首筋を攻める事に飽きたのか、今度は着ていたバスローブの合わせ目をグッと押し開き、露わになった鎖骨に指を滑らせ、這わせ出した彼。
その繊細な動き、滑らかでいて絶妙な力加減。
フッと吐息が漏れると同時に、指先が胸の先端へと下りていく。


「名前からして殺し屋さんだとばかり思い込んでたけれど。『デス』だなんて、とても物騒な名前なんだもの。」
「そりゃ残念だったな、アリア。俺は殺し屋でもなけりゃ、スナイパーでもねぇよ。ま、似たようなモンって言や、そうなンだがな。」


似たようなものって一体、何なの?
そう問い掛けても、分かっている、きっと彼は適当に、それでいて巧みに、はぐらかすだけ。
私は漏れ出す吐息を堪えながら、チラッと彼の身体に目を走らせた。
大きく開いたバスローブの胸元から覗くのは、逞しく隆起した胸の筋肉。
それは一般の成人男性、極普通の社会人では有り得ない鍛え方だ。
スポーツ選手という柄ではないから、そうだわ、傭兵とかの類なのだろう。
スパイっていうのも考えられなくもないけれど、それにしては、余りにも目立ち過ぎる風貌だもの。


「今度の滞在は、三ヶ月振りね。」
「あぁ、そうだな。パリは嫌いじゃねぇから、もっと頻繁に来たいンだが……。」
「仕事上、そうもいかない?」
「だな。何? 寂しかったのか、アリア?」
「三ヶ月に一度の逢瀬となれば、それは、ねぇ……。」


きっと私のような女、世界各国、アチコチにいるのだろう。
彼が滞在する数多の国・街に、こうして囲った女性がいて、気が向いたら訪れて。
激しく抱いて、耳元で愛を囁いて。
濃密な数日を過ごしたら、また、何事もなかったかのように去っていく貴方。
そんな彼を恨みもせずに待ち続け、恋い焦がれる私。
おかしいの、何でこんな関係、続けているんだろう、何年も何年も。


「なぁ、アリア。もし、俺が死ンじまったとしたら、オマエはその事を何も知らないままだよな。したら、どうすンだ? ココでずっと、俺を待ってるつもりか?」
「残念ね。前から決めているのよ。デスが一年、訪ねて来なかったなら、その時には。何処かの誰かと結婚でもしようってね。」
「そうか……。なら、安心した。」


少し悲しそうに、それでいて私の言葉に安堵したように、彼は軽く笑みを浮かべた後。
優しく唇を奪って、それを合図に心地良いシーツの波に二人、ゆっくりと沈んでいった。



彼は手の届かない異邦人



私は彼に嘘を吐いた事はなかった。
今日までは、この一言を告げるまでは。
例え貴方がココを訪れなくなったとしても、私はずっと待ち続けるだろう。
彼の訪れを、心を焦がして待ち続けるだろう。



‐end‐





デスさま、パリに囲った女性と、束の間の逢瀬の巻(笑)
こういう女性がアチコチに何人もいる、精力旺盛でオナゴ好きなデスさまとか、どうなんだろうかと思って書いた代物です。
女泣かせの色男役が似合うのは、彼しかいないですよw

2013.06.25



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