レモンティー



おかしいと思っていた。
帰ってきてからというもの、アリアはずっと無口で、暗い顔して俯いていた。
どうせ仕事で何か大きなヘマでもやらかしたンだろう。
そう勝手に想像し、俺は気を遣って話掛けるのを止め、黙ったままキッチンへと引っ込んだ。


外は季節外れの雨。
昨夜から降り続く雨は、外気温を一気に引き下げ、肌寒さすら感じさせる程だ。
落ち込んでる様子のアリアには、この寒さは身に沁みただろう。
多少の励ましくらいにはなるかと、故郷から届いたばかりのレモンを温かな紅茶に浮かべて、俺はアリアの待つリビングへと戻った。


そして、今。
二人を隔てるテーブルの上では、そのレモンティーが静かに湯気を上げている。
まだ、どちらのカップも口を付けられないままに。


「な、んだ、と?」
「だから……。もうデスと一緒にはいられない。ココを出ていきたいの。」
「何故だ?」
「何故って、それは……。」


それから延々と語られるアリアの話に、俺は口を挟む術を持たず、ただ黙って、その全てを聞いているしかない。
苦しげに語るアリアの表情を見てられず、逸らした視線の先には、淡い色した紅茶の上で、派手な色のレモンがユラユラと不規則に揺れていた。


これといって決定的な理由はなかった。
ただ日常のアレやコレやと細かな不満と不安が積み重った上で、コイツが出した結論。
それが『巨蟹宮を出ていく』、つまりは別れたいとの意思表示。
それに対して、俺は他に何と答えられただろう。


「そうか……。なら、好きなようにすればイイ。」
「え?」
「俺もな、オマエ以上に好きになりそうな女がいる。アリアに悪ぃと思って、ずっと黙ってたンだが……。」
「そう……。そう、なんだね。」


下手な嘘だ、笑っちまうくらいに。
どうしようもなくマジな顔して、こンな下手な嘘吐いて、格好悪ぃ事、この上ない。
だが、俺が反対する事も、ましてや、引き止める事も望んじゃいないアリアに向かって、俺は他の言葉を掛けられる余裕など持っちゃいなかったと言って良い。


二人の間に、息が詰まりそうな沈黙が過(ヨ)ぎる。
降り止まぬ雨の音が窓を打ち、途切れなくその雑音を響かせている夕方のひと時。
俺は沈黙に耐えかねて、目の前のカップを引っ掴むと、ユラユラと揺れていた紅茶を一気に飲み干した。
スッカリ冷めてしまったレモンティーの、普段なら好ましいと思う渋みと酸味が、喉の奥にヤケに苦々しく残って消えなかった。



俺の嘘など、どうせ全部お見通しなンだろ?



その日、俺が失ったものの大きさは、十分過ぎるくらい分かってはいた。
だが、引き止めたところで、何がどうなる?
俺もアリアも、悪戯に苦しむだけの結果が見えている。
つまりは、あンな見え透いた嘘だとしても、あれが俺の精一杯だったンだろう。
そう納得するしかなかった。



‐end‐





久し振りに悲恋を書きました。
デスさんの失恋ものは、意外に書くの好きだったりします。
だからといって、デスさんを失恋させて喜んでいるわけじゃないですよw
ただ失恋も似合う良い男だなと思ったり何だりしてるんです、本当です^^

2012.07.22



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