糖分不足



「ねぇねぇ、デスさん。甘い物が食べたいんですが。」


働き過ぎで糖分が不足しているせいか、それとも、窓の外で延々と降り続く雨のせいか。
どうにも気分の下がり気味な私は、テーブルに上半身を預けて突っ伏したまま、キッチンでお茶の用意をしている彼に、何でも良いから甘い物を強請った。
心に思い描くのは、見た目にも心躍るようなカラフルなマカロンとか、綺麗にデコレーションされたケーキ、マーブル模様の鮮やかなアイスクリームなどなど。


「ぁあ? 甘いモンだぁ?」
「そ、得意でしょ、デスさん。」
「別に得意じゃねぇし。つか、そンなモン、いきなり言われてもな。そう簡単に用意出来るかっての。」


キッチンから返ってきたのは、困惑の色を含んだ面倒臭げな声。
という事は、今、この宮には私の望むようなスイーツは存在しないと、そういう事。
それは残念。
私はテーブルに突っ伏したまま、大きな溜息を吐く。
あーあ、ココなら絶対に甘くて美味しいものがあると思ったのに。


「ンだよ、アリア。その溜息は?」
「だって、巨蟹宮なら一年三百六十五日、常に甘い物がストックされてると思っていたのだもの。」
「オマエね。ココはレストランでも、ましてやケーキショップでもねぇよ。そンな都合の良いモンあるかっての。」


デスさんは呆れた声でそう言いながら、運んできたお茶のトレーをそっとテーブルに置いた。
それは、テーブルに突っ伏したままの私に対する配慮だろう。
こういうところは何気に紳士なんだから、態度と言葉遣いはLLサイズのクセして。


「で、どうする気だ?」
「何がです?」
「アリアは甘いモンを求めてココに来た。だが、残念な事に求めていたモンはなかった。なら、次はどうすンだ?」
「そうですねぇ……。」


う〜ん……。
なんて考え込む振りをしながらも、私の視線はティーポットの横、サラサラと落ち続ける砂時計の赤い砂に釘付けだった。
細かい砂の粒子、その最後の一粒までが、細過ぎる程にくびれたガラスのウエストの下へと流れ落ちると同時に、私はティーポットに手を掛ける。
持ち上げて、そして、ゆっくりと傾けて……。


少し大きめのカップに注ぎ込むのは、白と茶色が絶妙に混じり合った、見た目も香りも甘ったるくて、それが心をホッと癒してくれるミルクティー。
カップの中では白と茶色が緩やかな円を描き、そこから立ち上る熱々の湯気は幸せの香りがする。
そう、いつも私は思ってしまうの。


「うん、美味しい。やっぱりデスさんの淹れるミルクティーが一番。」
「そりゃ、どーも。」
「甘い物は食べ損ねたけど、これで半分は満たされた気がします。」
「おう。なら、残りの半分は俺が満たしてやるよ。甘いモンっつっても種類は様々だ、なぁ。」


きたこれ、デスさん、お得意の流し目。
そんなフェロモン撒き散らしてコチラを見たところで、私にはどうする事も出来ませんよ。
それ以前に、スケベな意図が見え見えですから。
いや、ワザと分かるようにしているのかもしれないけれど。


「お断りします。」
「まだ何も言ってねぇ。」
「いえ、十分過ぎるくらい伝わってますから。そういうのは結構です。ソッチの甘い物は不要ですので。」
「おーおー。散々人にタカっておいて、それはねぇんじゃねぇの? タマには見合った分のお返しくらいはしてくれねぇとなぁ、アリア。」


見合った分どころか、そんな事を許してしまった日には、十倍以上のお返しになってしまう。
正直、百戦錬磨のプレイボーイと名高いこの人と、そんな火遊びをする気など毛頭ない。
度胸もなければ、火遊び的な駆け引きを楽しめる余裕も私にはないのだから。


「俺も甘いモンが足りてねぇんだよ。だから、オマエが俺を満たしてくれ、アリア。」
「お断りします。私が求めてるのは、お菓子の甘さですもの。」


そう、火遊びは一時でも、後悔は一生。
本気になってしまってからでは遅いもの。
だから、私は口に出来る甘い物だけで十分なの。



その愛に溺れてしまうのは容易くて



「これじゃ、生殺しじゃねぇか。ったく、その気がねぇなら、この宮に入り浸ンな。」
「え〜。だってココ、居心地良いんですもの。御飯も美味しいし。」
「だから、ココはレストランじゃねぇっての。」



‐end‐





お口に入る甘い物は大歓迎だけど、蟹氏的甘い物は拒否な夢主さん。
何気にデスさんが寸止めで可哀想です、誕生日近いというのに(苦笑)
でも、足し蟹(確かに)、蟹氏と火遊びするのは度胸が必要だと思います。
後々、泥沼に巻き込まれそうなので^^;

2012.06.21



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