闇のリズム的バレンタイン



その日は、いつもと変わらない普通の朝だった。


……の筈だった。


冬だろうと何だろうと、早朝トレーニングを欠かさないシュラ様が、相変わらずドタドタと派手な足音を立てて帰って来て。
そして、こちらも相変わらずリビングの中に脱ぎ捨てられた汗を大量に含んだトレーニングウェアをトングで摘んで回収し、洗濯機に放り入れて。
シュラ様がシャワーを浴びている内に、朝食の用意を。


「……アンヌ。」
「うわっ! し、シュラ様っ?!」


最後の一品、目玉焼きを焼いているところに、いきなり背後から声が掛かり、私は文字通り驚きで飛び上がった。
振り返れば、いつもより早くシャワーを浴び終えたシュラ様が、首から下げたタオルで髪の毛をゴシゴシと拭いつつフライパンの中身を覗き込んでくる。
余程、お腹が減っているのだろうか。
無表情なのに、何処となく物欲しそうな顔をしていて、何だか可愛い。
いや、それよりも……。


「もう! あれ程、バスタオル一枚でウロウロしないでくださいと言っているのに!」
「構わん。どうせ、アンヌしか居ない。」


また、そう言う!
私しか居ないから良いのではなく、私が居るのだから駄目なんだという事、いつになったら理解するのでしょうか、この人は。


「何だ、その溜息は?」
「シュラ様のせいですよ。ご自分の胸に手を当てて、良く考えてみてください。」
「俺のせいだと? まさか恋煩いか?」
「どうして、そうなるんですかっ?!」


そして、また溜息を一つ。
確かに、シュラ様に対して恋煩いはしてますが、その熱もグッと下がる瞬間だってある。
こういうチグハグな遣り取りをしている時がそうだ。


「そうならば良いと思ったからだろう。」
「意味が分かりません。そして、その手は何ですか?」


徐に私の方へと差し出されたシュラ様の大きな手を、私はジッと見下ろした。
闘いの時には『聖剣』となり、何物をも切り裂く剣となる、その手。
だが、今、こうして見下ろす手は、極普通の男性の手にしか見えなかった。


「知らないのか? 今日はバレンタインデイと言って、女が好きな男にチョコレートを渡す日だ。」
「つまり、チョコレート菓子を作ってくれと、そういう意味ですね。」


だったら、そうと初めから、いや、数日前くらいに言っておいてくだされば良いものを。
今からだと、大したものも作れない。


「アンヌが作るものなら、何でも良い。何を食っても美味いからな。」
「有難う御座います。では、チョコクッキーでも焼きましょうか?」
「いつものジンジャークッキーも頼む。」
「分かりました。執務から戻られるまでには、焼いておきますね。」


そう言うと、シュラ様はとても嬉しそうに顔を綻ばせて。
私の好きな、あの『フッ』と零す軽い笑みをみせてくれた。


だけど、朝食後、ハタと気付く。
今日が、女性から好きな男性にチョコレートを渡す日なら、もしかして例の彼女からチョコを貰えるんじゃないかしら、シュラ様は。


「あぁ、貰えるだろう。先程、約束したからな。」


先程って、いつの間に?
早朝トレーニングに出てた間かしら?
良く分からないけど、シュラ様はとても上機嫌だったから、それ以上は突っ込んでは聞けなかった。


夕方。
執務から戻って来たシュラ様は、一つのチョコレートの箱も持っていなかった。
結局、例の彼女からは貰えなかったのだろうか?
でも、その割りに、今朝と変わらぬ上機嫌な様子でクッキーを貪るシュラ様に、私は首を傾げるばかりだった。



‐end‐





『もしも』話の第二段です。
本来だと、この時期、この二人は、もう既にカップルになってる筈なので、あくまで『もしも』。
上手い事、夢主さんからチョコ菓子をせしめる山羊さまと、山羊さまの意図を相変わらず全く理解していない鈍い夢主さん。
山羊さまは、この後、お礼と称して、夢主さんに無理矢理キスを贈りますw
セクハラ具合も健在です(笑)

2011.02.14



- 1/1 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -