静謐というのだろうか。
厳かに静まり返る夜明けの中で、いつものような喧嘩腰の言い争いは不釣り合いだ。
デスも空気を読む事があるのね。
やっぱり今朝は珍しいことだらけだわ。


「ちょっとだけ……、イイ?」
「あ?」


デスの横に移動し、その肩に凭れた。
私一人が寄り掛かったところで、ビクともしない強靭な身体。
服越しに感じられる彼の体温に、ホッと安心する私がいる。


「重てぇな……。」
「嘘。デスにとっては私の体重なんて羽根みたいなものでしょ。」
「幾ら何でも羽根はねぇ、言い過ぎだろ。子供じゃねぇンだから。」
「だったら、重い重〜い私をシッカリと感じて、その頑丈な肩で支えていてよね。」


フンと鼻を鳴らす音が、頭の上、至近距離から聞こえた。
デスのくゆらす紫煙は私をも包み込み、まるで二人が一つの存在のように感じられる。
僅かに白んでいるだけの夜明けの中で、煙草の煙で隔離された二人だけの世界に居る事。
それが凄く不思議なようで、それでいて当然のようで。
私はデスの肩に凭れたまま、ホウッと甘い吐息を吐いた。


「……ミカ。」
「何、デス?」


あ、また名前、呼んでくれた。
デスの声が私の名前を呼ぶ、その響きが、とても好きだ。
もっともっと沢山呼んでくれたら良いのに。


「喉、乾かねぇか。」
「そうね。じゃあ、コーヒーでも淹れてくる?」
「そこは酒だろ。ワインとか。」
「こんな明け方から飲むなんて駄目よ。もう少ししたら明るくなるんだから。」


今日はコーヒーで我慢して。
そう言い残して、私は部屋の中へと戻った。
早朝というのは不思議な静けさと鋭さに満たされている。
いつもと同じ部屋なのに、人の気配と物音と日光がないだけで、物音一つ、足音一つすら立ててはいけないような気がしてくるのだ。
厳かな静けさの中、お湯を沸かすシュンシュンという音にも、コーヒーを淹れるコポコポという音もに、まるでコッソリと悪い事をしているような気分にさせられて、胸の中が変にドキドキとする。


「ゴメンね、インスタントで。」
「イイさ。腹に入れば同じだ。」
「あ、空……。」


聖域の森の向こう側に少しだけ朝陽が顔を出し、そこから滲んだ光の輪が、暗かった空をボンヤリと白く変え始めていた。
木々の上に僅かに広がった朝の気配を見つめながら、まだ夜の名残を色濃く残す空の下で、熱いコーヒーを啜る。
寄り添うデスの顔を覗き込むように見上げたと同時、二人を包んでいた紫煙がフツリと途切れた。
あ、煙草、消したんだ……。
灰皿に煙草を押し付けるデスの手元を見て、そう気が付いた瞬間。
唇にギュッと押し付けられたキスの感触。
触れ合うだけの柔らかなキスは、彼の好きな煙草の味がした。



夜明けの空に愛しさを溶かして



‐end‐





雰囲気が大人っぽい感じに仕上げたかったので、明け方というか、夜明け前ギリギリの時間帯の話を書いてみました。
特別な関係にある二人だからこそ共有出来る時間帯だと思うのですよね、夜明け前から夜明けに掛けては。
そして、ベッドに戻った後の蟹さまは、多分、二回戦を始める気満々です(それを言ったら、折角の雰囲気が台無しです;)

2018.07.22



- 2/2 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -