Six Years Ago



「……待って! 待ってください!」


私は真っ白な巫女服の裾をたくし上げ、長い十二宮の階段を駆け下りていた。
目指すは、前方を歩く金色(コンジキ)の鎧と、その歩行に合わせてユラユラと揺れ動く白のマント。
私が呼ぶ声にも振り返らずに進むその人は、ゆっくり歩を進めているように見えるのに、その距離は次第に広がりつつあった。


「お願い、待ってください!」


何度目になるか分からない。
振り絞って叫んだ声に、やっと彼はその歩みを止める。
あのまま無視を続けて、どんどん先へ行ってしまうのではないかと思っていた私は、彼が立ち止まってくれた事にホッと息を吐くと、慌てて傍まで駆け寄った。
モタモタしている内に、また彼の気が変わって、置いて行かれてしまっては困る。


「……なンだ、ミカ?」
「はっ、はぁっ……。あの、話……。はっ、話が、はぁっ……、あるんです。」
「だから、なンだ?」
「こ、ココでは、ちょっと……。」
「なら、巨蟹宮に行くか?」


声を出さずにコクリと頷く。
彼は直ぐに歩き出したが、息の上がった私を気遣ってか、その足取りは緩やかなものへと変わっていた。


巨蟹宮までの道程に、会話はなかった。
時折、チラリと見上げる彼の横顔からは、何を考えているのか読み取る事は難しかった。
私はその整った顔立ちと、鋭過ぎる目付きに、不思議と妙に波打つ鼓動に気付き、そっと目を伏せた。
ただ朝日に照らされる黄金聖衣だけが、ヤケに眩しく映った。


今日は月に一度のアテナ様への祈りの儀式が行われる日。
この日、聖域に住まう聖闘士――、任務で外に出ている者以外は、必ず全員がアテナ神殿に集結する事になっている。
今は、その帰り道。
朝一番に行われた儀式を終えて、彼は自分の守護する宮へと戻るところだった。


気になっていたのは、彼の態度だ。
私がアテナ神殿の正式な巫女となってから十ヶ月が経っていたが、その間、彼は参加した全ての祈りの儀式に際して、大欠伸を零し、始終、ダルそうな様子を隠そうともしていなかった。
山羊座のシュラ様から「黄金聖闘士としての品位に欠ける。」と説教されようと、更には、恐れ多くも教皇様にその態度を注意されようとも、彼は一度として崩した姿勢を正そうとはしなかった。


「こっちは朝帰りなンだよ。眠ぃのは当然だろ。」
「任務も執務もなかったのに、朝帰りだと? 何をしていたのだ、デスマスク。」
「ンなの聞くなっての。野暮だろ、野暮。」
「どうせまた、街で綺麗な女の子と宜しくしてきたのだろう? いつもの事だよ、シュラ。」


厳しく問い詰める山羊座様の言葉と、呆れ返った魚座様の声。
それをひらりと受け流し、どうでも良いとダルそうに髪を掻き毟る彼。
とても聖闘士の頂点、黄金位にある人の態度とは思えない、いい加減で、適当で、やる気のない態度。
だけど、周りの人達は、そんな彼を無理に正そうとはしない。
何を言っても無駄だと、既に諦めているのだろう。


でも、私は……。


私だけは、彼のそんな態度に、姿勢に、強い違和感を覚えていた。
あれは本当に朝帰りのための寝不足なの?
遊び疲れての身体のダルさ?
この十ヶ月、彼の様子を見てきて思った。
あれは一過性のものではなく、慢性的な寝不足なのではないのだろうか……。
だとすれば、どうして?
その疑問を、今日、この時、彼に問い質そう。
そう決意して、今朝、私はその後を追ったのだ。





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