「ねぇ、沙織さん。近々、結婚式を挙げるカップルって、聖域にはいないかしら?」
「あら、どうしてです?」


そんな穏やかな時間を、何気なく壊したのは飛鳥だった。
スイーツ作り一筋で、あまり人様の色恋には関心のない彼女が、突然の女子らしき会話を始めたとあって、アテナも、そして、彼女の性格を知り尽くしている筈の俺も、その問い掛けには驚いて身を乗り出した。


「今ね、ウェディングケーキを作ってみたいなぁと思って、色々と資料を眺めているんです。実はウェディングケーキは一回も作った事がなくて。」
「そうなのか?」
「ホテルとか、結婚式場の製菓部門とかに勤めていないと、あまりチャンスはないから。バースデーケーキとか記念のケーキとかは、いっぱい作らせていただいたけど。」


そういえばと、部屋の様子を思い出す。
最近、リビングのテーブルの上に、カタログが山と積まれていた。
色々と参考資料を眺め、研究している内に、実際に作りたくてウズウズしてきたのだろう。
何とも飛鳥らしい話だ。


「昔は身長よりも高い、巨大なウェディングケーキが流行ってた頃もあったんですってね。でも、そんな大きなものより、小振りでも豪華で綺麗で美味しいケーキを作るのが理想なの。」
「小振り……、このくらいか?」


手で四角く示してみせる。
パソコンのモニター程度の大きさで。
飛鳥はウンウンと頷き、それを二段か三段にして、手の込んだデコレーションをしたいのだと言う。


「丸く一口大にくり抜いたメロンを可愛く飾ったり、季節のフルーツをカラフルに並べたり。あ、ディーテが育てている食用バラを砂糖漬けにして、真っ白なケーキの周りにビッシリと敷き詰めるのも、ゴージャスで良いかも。ケーキの上面はクリームで作った薔薇で飾ったりしてね。」
「何なら試しに一回、作ってみたらどうだ? ケーキは俺が残さず食べてやる。」
「そんなに食べたら、本当に糖尿病になるよ、シュラ。」
「……あの、飛鳥さん。」


本気で三段ケーキを食い尽くそうと言う俺に、呆れの言葉を上げる飛鳥。
それを遮って、アテナの躊躇いがちな声が響いた。
ピタリと会話を止めて、アテナの方を見遣る俺達。
その視線を感じていないのか、アテナは顎に指を当てて、視線を手元のタルトから動かさずに、何やら考え込んでいる様子だ。


「……沙織さん?」
「あの、この聖域で結婚しそうなカップルという、先程のお話でしたが……。私の知る限り、シュラと飛鳥さんが、結婚には一番近いと思います。」


――ゴボッ!!


口に含んでいた紅茶を、危うく噴出させてしまうところだった。
アテナの前で、そのような粗相は許されない。
ギリギリでそれを堪えたせいで、盛大にむせる俺。


「ゴホッ! ゴホゴホッ! ゲホッ!」
「シュラ、大丈夫?」
「だ、大丈夫、ゴホッ! では、ない、ゴホゴホッ!」
「すみません、シュラ。そんなに驚かれるとは思いませんでしたので……。」
「い、いえ、ゴホッ! アテナは何も、ゴホッ!」


咳の止まらない俺に、慌てて背中を擦り、水を差し出してくれる飛鳥。
アテナは心配げに眉を下げて、俺の顔を覗き込んでくる。
何とか呼吸を整え、顔を上げると、申し訳なさそうに、アテナは先程の言葉の続きを話し出した。


「飛鳥さんがウェディングケーキを作るとなれば、まさか一般人の方という訳にはいかないしょう? 聖闘士か、上級神官辺りという事になりますが、神官達は皆、それなりの年齢ですし、後は聖闘士達だけ。となれば、ねぇ。分かりますでしょう?」
「あぁ、そういう事ですか。」
「え、どういう事?」


残りは聖闘士だけとなれば、白銀や青銅で公認のカップルがいるとしても、年齢的に考えれば黄金が先。
だが、黄金の中で恋人がいるのは、俺一人。
アテナの結論が、そこに辿り着くのは当然だったという訳だ。


「でも、流石に結婚は、まだ……。ねぇ、シュラ?」
「あぁ、そうだな。」
「そうなのですか? お二人の仲の良さを思えば、引き延ばす必要もないかと思いますけれど。」


アテナの言葉に苦笑いを浮かべ、肩を竦めるしかない俺達。
まだ少女であるアテナに対して、最もらしい言葉を幾つも並べつつ、何とかその場を収めたのだった。





- 2/3 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -