独り占めスイーツ



「う〜ん……。」


一年で一番、甘い匂いに満たされる日。
それが今日、バレンタインデー。


シュラの恋人の飛鳥はパティシエだ。
イベント事となれば、いつも大量のスイーツを作り(まぁ、殆どがアテナからの依頼によるものなのだが、)この宮は噎せ返る程の甘い香りに満たされている……、筈なのだが。
何故か、今日はサッパリと、そんな気配がない。
部屋に僅かに残るのは、今朝の朝食に焼いたパンケーキと、仄甘いメープルシロップの香りだけ。


「何を、そんなに頭を悩ませているんだい?」
「数独。どうしても、この問題が解けなくて。」
「私が手伝ったら、怒るかな?」
「うん、怒る。ディーテは黙っていて。」
「なら、黙っていよう。」


それから暫く、次の任務のための資料を眺めていた私の向かい側で、ウンウンと唸りながら問題と睨めっこを続けていた飛鳥。
だが、それから数十分も経たない内に、問題が最後まで解けたのか、それとも、諦めたのか。
テーブルに投げ出した鉛筆の音が、カロンと部屋に響いた。


「もう飽きたのかな?」
「どうして?」
「お菓子を作っている時のキミと比べたら、十分の一の集中力も感じられないからね。本当はキッチンに籠もりたくて、ウズウズしてるんじゃないのかい?」
「お菓子なら昨日、作ったわ。」
「昨日ねぇ……。」


パティシエが一年で一番忙しい時期がクリスマスシーズン。
その次はバレンタインか、ハロウィンか。
そう、今日は一年で二番目に忙しい日の筈なのに、飛鳥はこうして暇を持て余している。
昨日は何かを作ったと言ったが、それでも精々アテナに献上する分と、シュラが摘むくらいのものだろう。


「今日はバレンタインじゃないか。」
「あ、もしかして、ディーテ。チョコレートが食べたいの? だったら、そこにピエール・エルメの薔薇のチョコレートとローズマカロンが……。」
「違うよ、そうじゃなくて。」


腰を浮かし掛けた飛鳥を制して、私は小さな溜息を吐いた。
正直なところを言えば、何処か落ち着かない様子で、暇な時間を無理矢理に潰そうとしている彼女の姿を、黙って見ていられなかったのだ。
だったら、チョコレートトリュフでも、ガトーショコラでも、チョコレートクッキーでも、何でも好きなだけ作れば良いものを。
だって、今日はバレンタインなのだから。


「だから、シュラへのチョコは、昨日の内に作っちゃったもの。今日は、もう何もする事がないの。」
「アテナへは? あ、そうか。今日は日本に居るんだったね。」


バレンタインのチョコレートは、人任せにしては駄目でしょう。
そう言ってアテナは、数日前に飛鳥にトリュフチョコの作り方を習いに来ていたらしい。
なる程、確かに、全てを丸っと飛鳥任せにしてしまっては、気持ちが籠もらないというもの。
大切な人への贈り物なら、飛鳥という先生もいるのだし、教わりながら一生懸命に作る方が良い。
バレンタインというのは、女の子にとっては大事なイベントなのだからね。


だが、それにしたって、聖域の皆に配るような感謝の義理チョコならば、いつもの如く飛鳥に依頼しそうなものなのに。
クリスマスやハロウィンの時と同じく、大量にお菓子を作って、候補生などの子供達に、チョコレートを配る事は考えなかったのだろうか。





- 1/2 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -