彼女の茶目っ気



少しだけ長引いてしまった任務を終えて、聖域へと戻ってきた俺を待ち受けていたのは、マフィア面で、悪人面で、強面で、睨み付ける目付きの最悪・最凶な悪友の、ご機嫌斜めさ全開な出迎えだった。
巨蟹宮を抜けようとした時だ。
背後に黄泉比良坂から連れ帰った亡者を十人くらい背負っていそうな、酷くゲッソリした顔でプライベートルームから顔を出したデスマスクに、いきなり胸倉を掴まれ、そのまま壁に押し付けられた俺。
正直、柄の悪い腐れ縁のイタリア男に、『壁ドン』されたところで、サッパリ萌えない、寧ろゲンナリするだけだ。
だが、至って真剣な様子のデスマスクの表情を見て、俺はグッと堪えて口を噤んだ。


「オイ、コラ。どうなってやがンだ、テメェの女は?」
「俺の女……、飛鳥の事か?」
「オメェの女は、あのチンチクリンの菓子狂バカ女しかいねぇだろが。あ?」


では、飛鳥が何かやらかしたというのだろうか。
しかし、スイーツに対する情熱は人の倍、いや、数十倍はあるが、それ以外の部分では、至って普通の人畜無害な日本人女性だ。
他人を怒らせるような事を仕出かす飛鳥ではないと思うのだが……。


「なぁにが人畜無害だ、大いに有害だろ。破壊力あり過ぎて、うんざりするわ。」
「また飛鳥の菓子作りの助手でもさせられたのか? しかし、それはお前の自業自得だろ?」


デスマスクが度々、飛鳥の助手をやらされるのは、奴の見事な料理の腕前を買っての上でという理由の他にも、以前にやらかした事件(と言っては言い過ぎだろうが)の責任を取らされた事による、つまりはアテナからの命令によるものだ。
ならば、飛鳥に対して、どうこう言える立場にはないのに、この不遜な態度。
余程、虫の居所が悪いのか……。


「違ぇっての。テメェが居ないせいで、アレのストッパー役がいねぇンだよ。ま、オマエが居たところで、ストッパーになったかは怪しいがな。」
「飛鳥が何をしたというんだ? 早く言え、デスマスク。」


男のクセにグダグダグダグダと文句ばかり並べて煩いヤツだ。
なかなか話を切り出さない事に痺れを切らして、俺は苛立ちを隠さぬままにデスマスクを睨み付けた。
それに対して返ってくるのは、「チッ。」というワザとらしい舌打ち。
そして、あからさまに表情を歪め、俺と同じだけの苛立ちを声色に滲ませる。


「……一週間前っていやぁ、何の日だ?」
「一週間前? 十月三十一日か。さぁ、知らんな。何かあったか?」
「ハロウィンだろ、ハロウィン。仮装して浮かれ騒いで、そこら中の相手に菓子を強請る日だ。」


なる程、飛鳥が張り切りそうな日だな。
きっと聖域内の候補生達に配るクッキーやら何やらのハロウィン菓子の制作も、いつもの如くアテナから依頼されていたのだろう。
デスマスクの奴、その大量の菓子作りの助手にでもさせられたか。
それが気に食わなくて、俺に食って掛かってくるのだろうか。


「だから、違ぇって言ってンだろ。俺が苛ついてンのは、助手が云々って話じゃねぇ。正真正銘、オマエのトコの菓子バカ女のせいだっての。」
「貴様。俺の前で飛鳥を馬鹿呼ばわりとは、覚悟があっての上だろうな。細切れにされたいか?」
「うっせーよ。オマエの女だろうが、なンだろうが、ありゃタダのバカだ。バカをバカって呼んで何が悪い? あ?」


そこから始まる、ハロウィン当日の出来事のグダグダ長話。
その情景描写は、苛立つデスマスクの口から語られるせいもあって、俺の耳に殊更、悲惨なものとして響いた。





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