ドアの向こうに、ゆらりと揺れる見知った小宇宙を感じ取り、私は飛鳥に気付かれぬよう小さく笑んだ。
フッ、どうやら不安を抱えているのは彼女だけではない、コチラもまた然り。


無表情、無口、何を考えているのか全く分からない。
シュラに対して頻繁に使われる女達の評価。
そんなシュラに対し、不安に駆られたのは何も飛鳥だけではない。
その前の女も同じ事を言って、シュラの前から去っていった。
おかしなものだ、小宇宙を感じ取れる私からすれば、シュラはこんなにも感情豊かだというのに。


「どうやらお迎えが来たようだね。」
「え、シュラ? シュラが来てくれたの?」


飛鳥が慌てて振り返るのと同時、静かに部屋の扉が開き、音もなくシュラが入ってきた。
その姿を確認した刹那、弾丸のようにスツールから飛び降りて、シュラの元へと駆けていく飛鳥。
いや、本人は駆けているつもりなのだろうが、酔って覚束ない足取りでは真っ直ぐに進めない。
足が縺れてしまい、危うく転ぶ直前に、シュラがその腕の中に飛鳥をキャッチした。


「ごめんね。ごめんね、シュラ……。」
「何故、飛鳥が謝る? 悪いのはお前の気持ちを分かってやれなかった俺だろう?」
「違うの。悪いのは私なの。シュラが私の事、どれだけ想ってくれているのか分かっているのに、拗ねたり、怒ったり……。ごめんね、シュラ。私の事、嫌いになったでしょ?」
「嫌いになどなりはしない。俺はいつでも、お前を想っている、飛鳥。」


こうなれば後は、恋人達の仲睦まじい光景が展開されるばかり。
正直、今の私にとっては、目に、心に痛い。
私はテーブルの上のグラスを片付ける振りをして、そっと彼等から目を離した。


「すまなかったな、アフロディーテ。」
「気にしなくて良い。飛鳥が元気になれば、それで十分さ。」
「ごめんね、ディーテ。誕生日だっていうのに、絡み酒に付き合わせちゃって……。」


返事の代わりに、シュラに肩を抱かれた飛鳥の髪を、目を逸らしたままクシャッと撫でた。
そのまま背中を向けて、キッチンへと姿を消そうとした、その時だった。


「待って、ディーテ。」


自分の名を呼ぶ飛鳥の声に振り返る。
すると、未だフラつく足取りで、真っ直ぐに私の元へと近付いてくる彼女の姿が目に映った。
呆然としてる間に、飛鳥の白く華奢な手が私の手を掴む。
そして、ポケットの中から取り出した小さな箱を、この手の中に握らせた。


「……これは?」
「誕生日のプレゼント。大したものは作れなかったけど……。」


手の平よりも小さくて、とても軽い箱。
だが、この手の上ではズシリと重い。
言葉もなく、その箱を見下ろしている間に、彼等は部屋から去っていった。
飛鳥をその腕に抱き上げたシュラの謝罪の言葉も、右から左へと耳を素通りしてしまったが。


暫くして、漸く動きを取り戻した私は、テーブルの上に、その小さなプレゼントを置き、椅子に腰掛けた。
座ると同時に零れるのは、深い深い溜息。
例え、今日が自分の誕生日であろうと、飛鳥と過ごせるのならば嬉しかった。
例え、話の内容が恋人の愚痴だろうと、飛鳥と話す時間は楽しかった。


だが、シュラと飛鳥の二人は、私の目から見ても憎い程にお似合いだ。
今までシュラが付き合ってきた女達とは明らかに違う。
きっと飛鳥は、シュラにとって最後の女になるだろう。
分かってるからこそ、この胸も今までにないくらいに痛むのだ。
届かない彼女は、親友の恋人として、ずっと私の視界の中に居続ける。


不意にテーブルに置いたままの小箱に視線が向いた。
電灯の光が空のワインボトルを通過して、白い箱の表面に妖しく揺らめく緑の影を映し出していた。
ゆっくりと蓋を開ければ、美しい飴細工の薔薇が一つ。
以前はパティシエだった飛鳥が、手間暇かけて作ったであろうベッコウ色の薔薇が、小さな箱の中、光を受けて乱反射していた。



まるで千々に乱れる私の心のようで



いつかきっとだなんて、そんな願い、それは夢のまた夢。
心に想う彼女は、永遠にアイツのものだから……。



‐end‐





お誕生日祝いに片恋とか、本当にすみません、ディーテ様!
でも、私、おめでたい日に、あえて悲恋もの書くの好きです(ボソリ)
いつか、このパティシエ夢主さんで、山羊さまサイドの話も書きたいなと思ったり何だりしてます。

2013.03.10



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