これも和菓子、あれも和菓子



「綺麗だな、ソレ。和菓子か?」


パラパラと分厚い本を捲る飛鳥の横にアイスティーのグラスを置き、一体、何を読んでいるのかと、その本を覗き込んだ。
目に止まったのは、それが一つの小さな芸術と言っても過言ではない、美しい形をした小さな菓子。
細かく砕いた透明な紫色のゼリーのようなものだろうか。
上に乗っているそれが、キラキラと輝いている様が美しいと思った。


「これは紫陽花。ちなみに和菓子にゼラチンは使わないから、これは寒天。」
「へぇ、アジサイねぇ。菓子で花を表現するたぁ、日本の菓子ってのは、見た目を重視するンだな。」


相変わらず俺と飛鳥との時間を邪魔するように、この宮に居座っているデスマスクが、オレンジジュース片手にノソノソと立ち上がり、同じく彼女の開く本を覗き込んできた。
どうやら飛鳥が真剣に眺めていたのは、和菓子のカタログ、調理方法が書かれている本らしい。
ページを進める毎に、様々な形の和菓子が紙の上に姿を現す。


「和食もそうだけど、和菓子は季節を重視するものだからね。特に、和菓子は季節毎、月毎にテーマにするモチーフが変わるの。その時期に咲く花とか、果物とかが多いかな。」
「果物ぉ? つー事は、そのフルーツを材料に使ってンのか?」
「物にも寄るけれど、基本は見た目のモチーフだから、そのものは使わないかな。ほら、これ。秋の柿とか。」


飛鳥がページを飛ばして先を開いてみせると、鮮やかなオレンジ色をした果物型の和菓子が現れた。
そこから何ページか捲っていけば、紅葉やキノコなんてものもある。
花ばかりではない、なかなかユニークなモチーフが並んでいて、見ていて中々に面白い。


「見た目が凝っていて芸術的なのに、意外に美味そうだな。」
「意外じゃなくて、本当に美味しいのよ。和菓子は見た目だけのお菓子じゃないの。味も大事。お抹茶を美味しくいただくためにはね。」
「抹茶ねぇ……。」


秋の季節までページを進めていた本を、また今の季節までページを戻した。
それを眺めているだけで、季節の移り変わりが感じ取れるのだから、和菓子というものが、どれだけ季節感を大事にしているのかが分かる。
小さな芸術でありながら、食べても美味いとは、和菓子とは奥深い菓子だな。


「お抹茶をいただく時には、お茶自体も大切だけれど、器とか、横に添える和菓子とか、その素晴らしさや季節感が、とても大事なの。日本人が大切にする趣(オモムキ)といったところね。」
「なる程な。城戸邸で出された桜餅とグリーンティー。あのシーンには、あれしかないと思える程に、景色と雰囲気にマッチしていた。そういう事か。」
「そういう事です。」


にっこり、微笑んだ飛鳥に手を伸ばし掛けて、ハッとする。
そういえば、今はデスマスクがいるんだったか。
迂闊に肩に手を回したり、手を握ったりは出来んな。
慌てて手を引っ込めると、俺は再びカタログを捲った。
先程のアジサイの次には、透明なブルーの菓子が、緩やかな曲線を描いていた。
見た目は大層、涼しげだ。
これも寒天だろうか。


「それは多分、羊羹かな。初夏とか夏に多い形ね。海とか川とか、水の流れを表現しているの。」
「へぇ、抽象的なのもあンだな。」
「こっちは……、魚か?」
「それは若鮎。同じく六月、初夏のモチーフね。鮎は初夏のお魚だから。」
「ふぅん。興味深ぇモンだな、和菓子ってのは。」


デスさんは、こういうのに興味がありそうですよねと、ニコニコと笑いながら飛鳥が言えば、ヤツはカタログを手元に引き寄せて、繁々と眺めている。
俺だって和菓子には興味があるぞ。
専ら見た目を愛で、そして、美味しく食べる方ではあるが。





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