私がキッチンに入ると、飛鳥は既にテキパキと材料の用意と器具の準備に取り掛かっていた。
彼女の菓子作り専用の、食材のギッシリ詰まった冷凍庫から取り出されたのは、見事に凍った真っ赤な苺。
それをボウルにゴロゴロと入れると、茹でた芋を潰す時などに使うマッシャーを手渡された。


「これを潰せというのかな?」
「そう。凍った食材を潰すなんて、私には無理だけど、ディーテなら出来るでしょ?」
「まぁ、やれと言われればね。出来ない事じゃない。」
「じゃ、お願い。ペースト状になれば良いから。」


言われるままにギュッギュと冷凍苺を潰す間、飛鳥はバニラアイスを手早く練っていた。
それが溶けてしまわないように、直ぐに冷凍庫に戻して、私の手元を覗き込む飛鳥。
冷凍苺が塊もなく綺麗なペーストになったのを確認すると、巨大な苺ジャムの瓶を取り出し、そこからダッポリと数掬い、苺ペーストに投入していく。


「しかし、随分と巨大な瓶だな。」
「シュラの朝御飯用なの。大量に作っておかないと、あっと言う間に食べ切っちゃうんだもの。パンから零れるくらいに、たっぷり塗るから。」


長い付き合いだが、奴がこうまで甘党だとは思わなかった。
折角の美味しいパンに、どれだけジャムを塗り捲っているんだ、アイツは。
聖闘士としての鍛錬がなければ、今頃は糖尿病にまっしぐらだろう。


「ココに、今、練っていたアイスを入れるから、素早く光速で混ぜてね。」
「飛鳥……。光速で混ぜたりなどしたら、ボウルが破損するよ。」
「例えよ、例え。それくらい早くって事。」


飛鳥に急かされるまま、アイスと苺ペーストを混ぜ合わせると、そこには綺麗な白とピンクのマーブル模様が浮かび上がった。
可愛らしく、そして、しっとりと上品な淡いピンクのアイスクリーム。
だが、それも直ぐに冷凍庫の中へと仕舞われてしまう。


「あ、この薔薇ジャム。結構、固いんだ。」
「紅茶に落として、ロシアンティーにする事を念頭に作ったからね。固いと駄目だったかな?」
「ううん、大丈夫。リキュールか何かで伸ばせば……。確か、ローズウォーターが残っていたから、それで……。」


ブツブツと呟きつつ冷蔵庫を開けた飛鳥は、アレやコレやと腕に抱え、次々に薔薇ジャムの中へと投入していく。
ローズウォーター、蜂蜜、何か分からないリキュールと、オリゴ糖と書かれた透明な液体。
正直、彼女が信頼に足るパティシエじゃなかったなら、確実に、その手を押し留めていただろう。
彼女の調理は、そのくらいに目分量で、適当だった。


「大丈夫かい、飛鳥? そんな適当で……。」
「平気、平気。見て、ほら。綺麗な薔薇のソースになったでしょう。」


ニコニコと微笑む飛鳥の手元のボウルには、濃いピンク色のしっとりしたソースが出来上がっていた。
それを皿に流して敷き詰め、その上に綺麗に丸く掬った苺アイスと、バニラアイスをバランス良く盛り付けていくと……。


「凄いな。フレンチのフルコースのラストに出てきても遜色ない豪華さじゃないか。」
「とても即席とは思えないでしょう?」


それぞれ二皿ずつ手に持って、リビングへと運べば、そこでは既に口喧嘩を終えたらしい蟹と山羊が、不機嫌そうな顔でムスッと座っていた。
無駄な言い争いをして、余計に暑さが増したらしい、額にびっしりと汗を掻いている。
だが、飛鳥特製薔薇アイスの皿を差し出せば、料理への探求心は黄金イチのデスマスクと、黄金イチの甘党シュラは、目を輝かせて食い付いてきた。


「美味っ。これで即席かよ。」
「あぁ、これは良い。」


冷たい触感と、バニラの甘さ、苺の酸味が、暑さに火照った身体に心地良い。
そして、ふわりと口から鼻の奥へと伝わる薔薇の香り。
僅かに舌を刺激する大人の苦みはリキュールだろうか。


「もう無くなってしまった。正直、食べ足りん。」
「あ、俺も、俺も。」
「一応、まだ残ってはいるけど……。」
「けど?」
「何もしないで口喧嘩していただけの二人は、ディーテに頭を下げるべきだと思うの。このアイス、私は指示をしていただけで、作ったのは殆どがディーテだしね。」
「ぐっ!」


これはこれは、流石は飛鳥だ。
良い提案をしてくれる。
何故、私に頭を下げねばならぬのか、顔にそうとハッキリ書いてある悪友二人を前に、私は口元に、彼等のお株を奪うニヤリ笑いを盛大に浮かべたのだった。



暑さを吹き飛ばす冷静な薔薇



(クッソ! 覚えてろよ、魚野郎!)
(次に頭を下げるのは貴様だからな、アフロディーテ。)
(そんな日が来るとは思えないけどね。)



‐end‐





あまりの暑さに、どうしてもアイスが食べたくなって書きました(苦笑)
暑さでイラつく蟹と山羊が喧嘩中に、上手い事、良い位置をキープする魚さまっていうのが、基本の年中スタイルだと思ってますw

2014.06.03



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