テーブルに手を伸ばして、飲み掛けの紅茶のカップを手に取った。
カップに触れた感触と同じく、もうスッカリ冷めてしまった紅茶。
その残りを飲み干し、テーブルの真ん中に乗っていたティーポットの側面を、手で包み込むようにして触れてみた。
まだ少しだけ中に紅茶が残っていたが、やはりこちらも冷めてしまっているようで、ヒヤリと冷たい。


「新しい紅茶を淹れてくる。」
「あぁ、スマンな、シュラ。」
「気にするな。」
「あ、でも、俺は出来ればコーヒーの方が……。」
「この宮にコーヒーはない。」
「あ、そうなんだ。それは残念。」


スペイン人にしては珍しいと良く言われるが、俺はコーヒーは飲まない。
飛鳥もそう、彼女もコーヒーより紅茶を好む。
そういう好みが合うという事も、また飛鳥と共に過ごす喜びに繋がるから不思議なものだ。


「……あ、シュラ。丁度良かった。手伝ってくれる?」
「もう出来たのか?」


キッチンに入ると同時に、鼻孔を擽る甘い香り。
バニラエッセンスと、生地のこんがり焼けた匂いと、フルーツの甘酸っぱい香りが入り混じり、どうしようもなく食欲がそそられる。
飛鳥は薄く焼いたパイ生地と、生クリーム、そして苺などのフルーツを慎重に丁寧に、そして美しく重ね上げているところだった。


「ミルフィユ、か?」
「そう、綺麗でしょ。」
「随分と手の掛かるものを作ったんだな。」


そう言って、綺麗にカットされたキウイフルーツを摘み、口の中に放り込んだ。
飛鳥は目を弧にしてニコリと、いや、ニヤリとした笑みを浮かべ、俺の顔を見ている。
作業をする手は決して止めはしないが。


「生クリームとフルーツでたっぷり飾られた、こういうミルフィユって、別名『ナポレオン・パイ』って言われるのよ。」
「ナポレオン?」
「そ、英雄のパイ。だから、アイオロスさんの誕生日には、これしかないかなぁってね。」


小さくウインク、悪戯っ子のように。
アイオロスさんには内緒だから言わないでね、そう言って、飛鳥は絞り出した生クリームの上に、器用に苺を並べていく、一つ、二つ、と。
成る程、英雄か。
ナポレオンと聖域の英雄とでは、まるで意味も次元も違う『英雄』ではあるが、まぁ、籠めた洒落としては面白い。


「ふふふ……。」
「どうした、飛鳥?」
「ミルフィユってね。日本じゃ『ミルフィーユ』って覚えられてるの。」
「ミルフィーユ? おい、それじゃあ……。」
「そ。ミルフィユ(千枚の葉)じゃなくて、ミルフィーユ(千人の女の子)。」
「そうか、まさにアイオロスにピッタリだな。あの天然の色男には。く、くくっ……。」


飛鳥の手で綺麗に飾られたミルフィユを皿に盛り付け、新しい紅茶をポットに用意する。
ほわりと香り高いアールグレイは、甘いクリームと酸味のある果物には良く合う紅茶だ。
それにしても……、リビングでケーキの出来上がりを今か今かと待っているアイオロスは、これを見たら、どう思うだろう。
きっと飛鳥が籠めた皮肉な洒落など知らずに、齧り付くのだろう。
そう思うと、腹の底から笑いが湧き上がってきて、隠そうと思っても、隠しきれない程、俺の心を笑いで満たした。



千の葉に挟まれた甘い罠



(美味い! 美味いなぁ、コレ! サクサクで甘くて!)
(良かった、喜んでもらえて。)
(運命の出逢いなんて必要ないんじゃないのか? 何しろアイオロスには千人の女がいるのだからな。)
(シュラ? 一体、何の話だ、それは?)



‐end‐





ロス兄さん、誕生日おめでとう!
一日遅れたけど、おめでとう!
でも、さっぱり祝ってない感が漂い捲っていてスミマセン(汗)
それ以上に、ロス夢じゃなくてスミマセン……(死)

2013.12.01



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