出逢いはエクレア〜エクレア〜
細長いシュー生地に、クリームがたっぷりと詰まったお菓子。
エクレアという名前は、フランス語で『稲妻』という意味。ドアを開けると同時に、外へと溢れ出てきたのは、焼き菓子の香ばしい匂い。
この匂いはシュークリームだろうか。
パリッと焼き上がった生地と、そこから零れ出る甘いクリーム。
山のように盛られたシュークリームを想像し、期待に胸を膨らませて部屋へと入る。
「残念。シュークリームではありませんでした。」
「む……。」
ニコニコ笑顔で出迎えてくれる飛鳥。
キッチンから出てきた彼女が掲げたトレーには、シュークリームに似て非なる菓子が乗せられていた。
シュークリームと同じ生地ではあるが、丸ではなく、細長い形。
上面には艶々としたチョコレートのコーティング。
「……エクレア、か。」
「そう、エクレアでした。こっちがスタンダードなエクレアで、こっちがキャラメル味ね。」
「食っても?」
「どうぞ、どうぞ。」
遠慮せずに手を伸ばす。
パクリと齧り付いた刹那、エクレアの甘さが口の中で広がり、幸せな気分が心の中に広がった。
俺の好みはパリッと硬めのシュー生地。
甘く軽いクリームと、芳醇なチョコレートが混じり合う。
その味わいを反芻しながら食べ進めていると、何故かジーッと見つめてくる飛鳥の視線を感じた。
「……何だ?」
「いやぁ、シュラのモグモグ姿を見ていたら、初めて出逢った時の事を思い出しちゃって。」
「あぁ、あの時……。あれは、まさにエクレアだったな。」
「え? エクレアじゃなくて、ガトーショコラだったけど?」
そう、あの時、俺は口に含んだガトーショコラの美味さに衝撃を受けた。
これが俺の求めていたスイーツなのだと、そう思った。
そして、その直後、顔を上げた俺の視界に映った、そのガトーショコラを作ったというパティシエ。
飛鳥の姿を見た瞬間、俺は全身を稲妻に打たれていた。
求めていたスイーツを見つけたどころではない。
運命の相手が目の前に現れたのだ、恋が何なのかも分からなかった朴念仁な俺の目の前に。
「あぁ、それでエクレア。」
「あの稲妻は、アイオリアのライトニングボルトより上だったな。」
「そ、そんなに……。言い過ぎじゃないかなぁ?」
一方の飛鳥は、俺との出逢いに衝撃を受けるというよりも、俺の姿に感動を覚えたらしい。
こんなにも美味しそうに自分の作ったスイーツを食べてくれる人がいるのかと、ひたすら彼女のケーキを貪る俺の姿から目が離せなかったという。
「だから、美味しそうに食べるシュラのモグモグ姿を見て、あの日の事を思い出しちゃった。」
「周りには無表情極まりないと言われるんだがな。」
「シュラ程、美味しそうにスイーツを食べる人、私は知らないけど。だって、心の中で『美味い!』って叫んでいる声が聞こえてきそうだもの。とっても分かり易いと思うんだけどなぁ。」
「それは褒めているのか、貶しているのか?」
俺の気持ちは飛鳥にだけ伝わるもの、飛鳥だけが読み取れるもの。
それは運命の相手だからか、愛しさ故のものなのか。
理由は分からない。
が、スイーツを介しての以心伝心、俺と飛鳥だけの心の繋がり。
「はい、キャラメル味もどうぞ。」
「あぁ、これも美味い。」
「シュラは、どっちがお好み?」
「そうだな……。」
俺としてはスタンダードなエクレアの方が好みか。
勿論、コクのあるキャラメルクリームのエクレアも美味いのだが、ほろ苦いチョコレートとカスタードクリームの組み合わせの方が好きだ。
いずれにしても、飛鳥が作ったものであれば何であれ、俺にとっては極上で最高のスイーツ。
それを、この様に独り占めして味わえるのは、あの日の出逢いのお陰だ。
そんな出逢いを与えてくれた神に……、俺達の女神に、深く感謝しなければならないな。
‐end‐
山羊さまとエクレア、そして、出逢いのエピソードをホンの少しだけ。
他の人には無表情(しかも強面)でモグモグしているようにしか見えないのに、彼女だけはメッチャ美味しい表情をしていると分かる不思議w
「ウマ━━( ゚Д゚)━━」な心の声が、彼女にだけ駄々洩れな山羊さまなのでしたw
2022.11.23