英雄のパイ



丸一日全てが休みなのは久し振りだった。
この一ヶ月間、午前だけ、或いは、午後だけの休みというのが多かっただけに、今日はゆっくりと休日を満喫しよう、そう心に決めていた。
飛鳥と二人、寄り添って過ごせる時間も少なかったのだから、今日は貴重な一日になる。
そう思っていたのに……。


「まだかなぁ。早く焼けないかなぁ。」
「…………。」


休みになると、必ずと言って良い程に邪魔が入るのは、どうしてなのだろうか?
俺の普段の行いが、そんなに悪いのか?
否、デスマスクの素行の悪さに比べれば、俺など毛が生えたばかりのクソガキ程度のものだろう。
それなのに、何故だ?


チラリ、読んでいた雑誌から視線を上げて、ソファーの向かい側、少しソワソワした様子で座る男を一瞥する。
いや、『座る』という言葉は正しくない。
正確に言えば『居座る』だ。
本来は、俺と飛鳥の二人だけしか居ない筈の空間に、ニコニコと満面の笑みを浮かべて居座る男。
しかも、少しも悪びれた様子もなく、更には、俺が送る苛立った視線すら、その身に全く感じていない男。


「……アイオロス。」
「ん? 何だ、シュラ?」
「いつまで、ココに居る気だ?」
「そりゃあ、飛鳥のケーキが焼き上がるまでに決まっている。」


その答えを聞いて、俺は頭を抱えた。
とすれば、まだ軽く一時間はココから動かないつもりだ。
その間、俺はずっとこの男と向かい合って、苛立たしい上に、何とも気まずい時間を過ごさなければならないという事か。


俺はチラとキッチンの方へ視線を送った。
ガタガタと作業の音が響いてくるキッチンの中では、飛鳥がケーキを鋭意制作中だ。
しかも、アイオロスのためのケーキ、つまりはバースデーケーキを、休日を返上してまで作っている真っ最中。
お陰で、俺の立てていた休日プランは全て無駄になってしまった。


せめて、コイツがココに居座ってさえいなければな。
菓子作りは飛鳥の生きる糧のようなもの。
休日プランは潰れても、飛鳥の手伝いをしながら、キッチンで過ごすというのも悪くはない。
キッチンの中というのは、それなりに恋人同士らしく過ごせるもの。
菓子作りの合間に、指についたクリームを舐めさせ合ったり、隙をみて唇を奪ったり……。


しかし、それもリビングにアイオロスが居座っていると思えば出来る筈もなく。
直接、その行為を見られていなくとも、やはり近くに人の気配があると、飛鳥と距離を取ってしまう俺の悪い癖が抜けないせいだ。
駄目だな。
つい最近、アフロディーテに釘を刺されたばかりだというのに。


という訳で、飛鳥の手伝いをするでもなく、かといって、手元の雑誌の内容に集中する事も出来ずにいる俺。
こうしてアイオロスと向かい合い、イライラと貴重な休日の時間を無駄に浪費していた。


「まだ焼き上がるまでには、軽く一時間は掛かるぞ。自分の宮に戻って待っていた方が良いんじゃないのか?」
「どうして?」
「どうして、って……。」


どんだけ鈍いんだ、この男は。
普通、こういう時は気を利かせて、居座るなんて事はしないだろう。
ただでさえ、飛鳥に誕生日ケーキを作れと強請って、俺と彼女の休日を奪ったのだから、そのくらいの配慮は当然。
ケーキが焼き上がるまでの時間くらいは、その……、飛鳥とイチャイチャする余裕を与えてくれるべきじゃないのか。
まぁ、そんな俺の切実な願いは、当然の如く、この男には届かないのだが。





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