「凄いな、これは……。」
「うん、凄いね……。」


スイーツコーナーの真ん中。
堂々たる存在感で鎮座する『ソレ』を間近で見上げ、暫し呆然とする俺と飛鳥。
その装置らしき上部からは、止め処なく液状のチョコレートが流れ落ち、さながらチョコの滝のようになっている。
所謂、『チョコレートフォンデュ』というものだが、その仕掛けが余りに大がかり過ぎて、流石の俺も、パティシエである飛鳥さえも、困惑してしまう程だ。


「こんなの……、結婚式の披露宴くらいでしか見ないわ。」
「見た事があるのか? 誰かの結婚式で。」
「ううん。実際に見た事はないけれど、こういうのが出来るって話だけは聞いた事あるよ。」


つまりは、特別な時だけのものであり、普通はお目に掛かれない代物だと。
しかも、結婚披露宴で使うのは、もっと小さくて小規模なものであるらしい。
ならば、折角の機会だ。
呆然と見てばかりいないで、しっかりと楽しみ、堪能すべきだろう。
俺はチョコレートフォンデュ装置の前に並べて盛られている、一口大にカットされたフルーツへと視線を移した。
フルーツの他にも、一口サイズのパンや、細長いプレーンプレッツェルやマシュマロなんてものもある。


「このフォンデュ用の串にフルーツを刺して、チョコの滝に突っ込めば良いのだな。」
「シュラ、あの……。もう少し言葉を選ぼうね。」
「何故だ?」


うん、美味い。
飛鳥の言いたい事が良く分からず、首を捻ったままで、パクリと一口。
薄い茶色のベールを被った苺は、仄かに甘酸っぱく、トロリと濃厚なチョコレートとの組み合わせは絶妙だ。
見れば、横の飛鳥も顔を綻ばせて、チョコを纏ったプレッツェルをモクモクと食べている。


「……リスのようだな。」
「え?」
「いや。飛鳥がプレッツェルを小刻みに口の中に入れて食べていく姿が、まるでリスにしか見えないと言うか、な?」
「私は小動物ではありません。私がリスなら、シュラは肉食で糖分過多の山羊さんです。」


ヒョイと背伸びした飛鳥が、報復とばかりに俺の鼻を摘む。
ムッとして、その手を払えば、ペロリと舌を出して顔を顰める飛鳥。
その表情は小憎たらしいのに、何処か愛らしさもある。
フン。
流石に、この場での報復は大人げないので放っておくが、部屋に戻ったら、たっぷりと後悔させてくれる。
時間なら、朝まで何時間でもあるのだからな。


「あ、何か企んでる顔してる。」
「俺が?」
「シュラ、無表情のクセに分かり易いんだもの。他の人は、シュラの考えは全然分からないって言うけれど、私にはちゃ〜んと分かるんですからね。」
「そうだな。企んでるぞ。」


ニヤリ、笑って見せると、飛鳥は再び顔を顰める。
そして、チョコレートに浸していた串刺しマスカットを、俺の口を目掛けて突き出した。


「じゃあ、何かする前に眠りこけちゃうように、狼さんのお腹を、今の内に満腹にしちゃおう。」
「狼? 俺は山羊ではないのか?」
「山羊の皮を被った狼じゃないのかなぁ。」
「そうか。ならば、狼の好物は愛らしい雌のリスだな。」


ニヤリと更に笑みを深めると、タジタジと怯む飛鳥。
何とかして俺の意識を逸らせたいのか、せっせと串刺しの果物をチョコに潜らせては、俺の口の中へと放り込んでいく。


「狼さんの一番の好物は甘い物の筈だけどな。」
「違うぞ、甘いものを作り出すリスだ。」
「違います〜、甘い物の方です〜。」


まぁ、良い。
今は引き下がろう、素振りだけは、な。
だが、心の中では、部屋に戻ってからの部屋付き温泉での一時と、それに続く夜の濃厚な時間の事をシュミレーションしてほくそ笑んでいた。
さぁ、お楽しみの時間は、これからだ。





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