部屋は広過ぎず、狭過ぎず、快適に過ごせるような適度な大きさの空間になっていた。
和洋折衷というのか、畳の床に座って寛げる和室部分と、フローリングが広がる洋室部分があり、その二つに仕切りがある訳でもなく、自由に行き来が出来るようになっている。
大きなテレビにマッサージチェア、ヒーリング音楽を流すオーディオ、洒落た作りの洗面台。
至れり尽くせりの部屋の中で、飛鳥は既にウェルカムスイーツのチョコレートをパクついていた。
が、俺にはどうしても許せない事が一つだけある。


「……どうしてベッドなのだ?」
「今時の高級旅館は、大抵はベッドだよ。仲居さんがお布団を敷きに来た時の気まずさを無くす、そのための和洋室だからね。」
「温泉は布団だろうが。これでは情緒も何もない。」


ムスッとしたまま、窓辺の椅子に腰を下ろした。
景色は良い、窓からは温泉街が一望出来る。
しかし、視線を部屋へと戻すと、フローリングの上に、ドデンとデカいダブルベッドが居座っている。
これでは折角の温泉気分が台無しだ。


「外国のお客さんが増えたから、余計に多くなったと思うよ、ベッドのお部屋。お布団は慣れないと身体が痛くなるし。」
「身体が痛くなるところまでセットで、温泉の情緒を味わうと言うものだ。」


チョコレートを摘んだまま、飛鳥が俺の顔をジーッと眺める。
何をそんなに熱く語っているのだろうとでも言いたげに。
その視線に、心の奥には僅かながらの羞恥心が湧く。


実のところ、温泉情緒云々よりも、布団の上で飛鳥と過ごす夜の時間の事ばかりを思っていた。
布団という、いつもとは違う異質な寝具の上で抱き合う。
それは普段では得られない興奮をもたらすものだと知っていたからこその固執だったのだ。
そんな夜のお楽しみを見事に空振りされて落胆している自分が情けなくもあるが、それ以上に、旅行中だけは許されるちょっとした我が儘を踏み躙られた怒りの方が上回ってしまっていた。


「シュラ……。また不埒な事を考えてた?」
「ち、違う。そうではない。」
「じゃあ、糖分が足りてない?」


そう言って、飛鳥は摘んでいたチョコレートを俺の口の中に押し込んだ。
刹那、口内に広がる甘い香り、柔らかな口どけ。
この地では土産物の定番と言われているホワイトチョコレート。


「少しは落ち着いたかな? シュラは糖分が足りなくなると、イライラしてきちゃうから。」
「あ、あぁ……。」
「ホワイトチョコなんて、定番過ぎると思っていたけど、こんなに美味しいなら買っちゃおうかな。皆へのお土産に。ミロとカミュと、あと、アイオリアにも。」


指を折って数えながら、またチョコレートをパクリ。
摘んだ後の指までペロリと舐めるものだから、はしたないと注意すれば、少しだけ頬を膨らませたのが愛らしい。


「デスマスクとアフロディーテに、土産は買わんのか? 奴等もチョコレート、好きだろうに。」
「大丈夫。二人には別なものを買うのよ。」


スッと立ち上がった飛鳥は、ベッドの上に用意していた洗面用具とタオルを手に取って、夕食の前に大浴場へ行こうと俺を急かした。
部屋に付属する風呂もあるにはあるが、極々小さなものだ。
多分、宿泊客が部屋にばかり閉じ籠もってしまわぬよう、ワザとあのサイズにしているのだろう。
広々とした温泉や露天風呂、岩盤浴などを楽しんで欲しいとの、旅館側の意図。


そうだな。
部屋の風呂には就寝前に、飛鳥とゆっくり浸かるとして。
今は広い温泉で、身体に溜まっている疲れを取る事に専念するか。
夕食前の腹ごしらえにもなるだろうしな。





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