petit four的待ち合わせの午前



平日の午前は、この人の密集する街でも、人の流れは比較的に穏やかだった。
窓に向かって座る一人用の席は、面した通りを歩く人々を観察して暇を潰すには持ってこいの場所だ。
湯気の上がる暖かな飲み物の横、並べて置かれた携帯電話を指先で突っ付きながら、絶え間ない人の流れを眺め続ける。


ヴヴヴ……。


突然の振動に、一瞬、ビクリと反応する俺。
携帯電話というものには、いつまで経っても慣れない。
普段、離れた相手との会話には困らない分、文明の利器の力を借りる必要性もないせいで、こういった類のものは、どうも好きになれないのだ。
だが、そんな考えなどおくびにも出さず、俺は平然を装って電話に出た。


『今、終わったの。ごめんね、時間掛かっちゃった。』
「いや、気にするな。そこから二軒先にコーヒーショップを見つけた。そこに居る。」
『じゃ、私もそこに行くね。あ、それともシュラがコッチに来る?』
「いや、ココで待っている。」
『分かった。直ぐに行くから待ってて。』


ゴトリ、切った電話をテーブルに置き、空いたその手でカップを掴む。
喉を通る熱くて甘い液体にホッと息を吐きつつ、再び通りに目を向けた。
程なくして現れた飛鳥は、窓の外から俺を見つけて嬉しそうに手を振る。
それまで、ただの景色でしかなかった人の流れが、彼女の周りだけ突然、鮮やかな色を持って浮かび上がったように見えた。


「外、結構寒いね。」
「何か温かな飲み物でも飲んだら良い。」
「うん、そうする。」


店内に入ると、真っ直ぐに俺の方へ向かってきた飛鳥は、着ていたアイボリー色のAラインコートとバッグを俺に預け、そそくさと注文カウンターへ向かった。
その間に、窓席から二人掛けのテーブル席へと移動しようとした俺だったが、振り返った飛鳥が「そのままそこで良いよ。」と身振り手振りで示すものだから、肩を竦めて、また腰を下ろす。


「……甘い匂いだ。それに香ばしさも感じる。」
「温かいほうじ茶ラテにしてみたの。シュラは何を飲んでいるの?」
「俺か? チョコラテだ。」
「あ、やっぱり。」


隣に座るなりクスクスと笑って、俺のカップを覗き込む。
カップの中身は、ほぼ無くなり掛けていたが、実はこれが抹茶ラテに続いての二杯目だという事は黙っておいた。
飛鳥が美容室に居る間の待ち時間は、ホットドリンク一杯だけでは到底、潰せはしないのだ。
カットだけで一時間も掛かったのだから。


「それにしても……、思い切ったな、首筋。」
「そう? これから寒くなってタートルネックの洋服も多くなるし、マフラーをしても邪魔にならないし、良いかと思って。」


これから寒い地域に向かうというのに、飛鳥は大胆にも髪型をバッツリ短くしてしまっていた。
首筋は露わになり、コートの襟だけでは覆い隠せそうにない。
何より隙間から入り込む風は、どうやっても防ぎようがないだろう。


「分厚いマフラーが必要だな。」
「ん? 何?」
「これからコートを買いに行くのだろう? ついでにマフラーも買ってやる。」
「ダウンコート買えば、十分じゃない?」
「北海道だぞ。既に氷点下の気温で、雪も降っていると聞く。防寒具は多いに越した事はない。それに……。」


途切れた俺の言葉に、飛鳥が目を丸くしてコチラを見遣る。
そんな彼女の表情に、俺は抑え切れない笑みをニヤリと口の端に浮かべつつ、素早く指を伸ばした。


「ひゃっ?!」
「流石に『コレ』は、隠しておいた方が良いんじゃないのか?」


飛鳥のうなじを指先で小さく摘む。
そこには赤く咲いた花弁のような痕がクッキリと残っていた。
昨夜、俺が付けたキスマークが。



クリーム色の肌に残った痕跡は



(わわっ、こんな痕があったなんて……。美容師さんにも見られちゃったよね、恥ずかしい……。)
(気付いてて黙ってたんだろうな。フッ……。)
(笑い事じゃないでしょ! 美容室に行くって知ってるのに、キスマーク残すなんてヒドい!)



‐end‐





山羊さまは、まさかこんなに髪を短くするとは思っていなかったので、うっかり付けちゃったんだと思います、キスマーク。
とはいえ、カット中に首が露わになるのは分かっているんだから、美容師さんには絶対にバレると思いますけどねw
確信犯ですかねw

2016.11.27



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