19.スイーツの魔法使い



「お〜い、帰ったぞ〜。」


ドスドスとワザとらしく足音を立てて、自宮のリビングへと入っていく。
それが帰宅後の俺の、毎日、決まった行動だ。
こうして大きな足音を立てて部屋に入れば、愛娘のアイラが、音に気付いて駆け寄ってくるからだ。
だがしかし、今日に限って、アイラの姿が部屋の何処にも見当たらなかった。
数秒、立ち止まって待ってみても、小さな足音が駆け寄ってくる気配はない。


何処かに出掛けてンのか?
いや、キッチンから夕メシ支度のイイ匂いが漂ってきてる。
アイリーンがこの宮の中に居て、料理中ってコトは、アイラだけ居ないってコトはない。
誰かんトコに預けてンなら、そうと連絡が来る事になってンだから、預けられてはいない筈。


と、不意に背中に視線を感じて振り返った。
視線の先に、キッチンの入口から小さな頭だけを出して、俺の様子を窺い見ているアイラの姿があった。
何だって、そンな可愛らしい仕草でコッチ見てンだ?
まるで、猫が頭だけコッソリ出して、部屋の中を窺っているみてぇに、小さなアイラの行動は愛らしい。


「ンだよ、アイラ? 居たンだな。」
「でちちゃま、おかえりなさい。」
「おう、ただいま。てか、そンなトコから見てねぇで、コッチに来いよ。」


可愛いアイラの父親としては、いつもみてぇに抱っこして、ホッペにチューしねぇと気が済まねぇンだわ。
だが、アイラはフルフルと首を左右に振って、逆に俺を手招きして自分の方へと呼び寄せる。
それに逆らわず、キッチンの入口へ向かうと、アイラはサッと中へ引っ込んでしまった。


「何? 何かあンのか?」
「でちちゃま、みて!」


アイラが指差す先には、キッチンの作業台の前に立つアイリーンの姿。
ケーキのデコレーションの真っ最中で、クルクルと回しながらクリームを塗っている様子を、アイラが目を輝かせて眺めている。
ただの丸いスポンジケーキが、あっという間に、真っ白な生クリームを纏っていくのが不思議なンだろうな。


「でちちゃま。ママ、すごいの。まほーつかいみたいなの。」
「ほう、魔法使いねぇ……。」
「ケーキのまほーつかい!」
「だったら、デス様の方が、私の百倍凄い魔法使いね。」


見た目の美しさも、仕上げていく速度も、ケーキ自体の味も、どれをとっても世界一だから、デス様は世界一の魔法使いよ。
ニコニコとしながらアイラに伝えるアイリーンだが、その間、手は一切止まる事なくクリームの表面を滑らかに整えていく。
俺は、目を真ん丸にして見上げているアイラを腕に抱き上げ、俺達と同じ目線の高さにしてやった。


「でちちゃまも、ケーキのまほーつかいなの?」
「そうだなぁ。俺が魔法使いなら、アイリーンはまだ魔法使い見習いってトコだな。それ以外は皆、雑魚だ。」
「今日も辛口ですね、デス様は。」
「口の悪さが俺のアイデンティティなンでね。」


アイラを抱っこしたままの俺と、ケーキの上にフルーツを並べているアイリーンとの間で交わされる、他愛のない会話。
そして、大きな目をパチパチさせながら、ジッと俺の顔を見ているアイラ。


「何? アイラも俺の口の悪さを非難してンのか?」
「ちがうの。でちちゃまは、セイントなの。」
「ん?」
「でちちゃまは、まほーつかいじゃないの。ゴールドセイントなの。」


あぁ、ソッチか。
アイラの頭ン中は、さっきの話で止まってたらしい。
幼い子供にとっては、『両方とも』って選択肢はねぇンだろうな。
俺は聖闘士だから、魔法使いである筈がないと、そう思ってるって事だ。


「あれはタダの例えだ。俺は黄金聖闘士だが、魔法使いみてぇにケーキ作りが上手いって事だ。」
「そうなの?」
「そうだ。アイラの誕生日には、俺が凄ぇ豪華で美味いケーキを作ってやるから、楽しみにしておけよ。」
「わ〜い、でちちゃまのケーキ!」


そうこう言ってる間に、アイリーンのお手製ケーキが完成し、アイラの意識も視線も、そっちに釘付けになった。
真っ白なケーキの上に、艶々のメロンとマンゴーがビッシリと敷き詰められている。


「できたの! でちちゃまの、おたんじょうびケーキ!」
「誕生日ケーキ? 俺の?」
「忘れていたんですか? 今日が御自分の誕生日だって。」
「……忘れてたわ。」


そうか、誕生日、それでデコレーションケーキか……。
アイリーンの事だ、きっと夕メシも豪華な料理を用意してンだろう。
勿論、俺のためではあるが、半分はアイラのために。


俺は手を伸ばして、ケーキに乗せ切れなかったメロンの切れ端を摘まむと、それをアイラの口の中へ入れてやった。
二パッと嬉しそうに笑ってモグモグするアイラを見て、俺は嫌がられるまで、そのふっくらホッペにキスを繰り返した。



‐end‐





蟹誕をお祝いする仲良し家族のお話、のつもりだったけど、何だこれ(苦笑)
ただただ蟹さまが娘ちゃんを溺愛してるってだけの話です。

2019.07.01



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