刹那の戸惑い



全く、この俺がこンなになっちまうなんてな。
一体、いつの俺が知ってただろうか?
こンな未来が来るなンて事、生き返ってくる以前の俺に、想像出来たと思うか?
出来るワケねぇだろ。


だってよ、考えてもみろ。
そこらの女を興味本位で口説いては取っ替え引っ替え楽しみ、来る者拒まず去る者追わずで、本気の恋愛なンざクソ食らえだと思ってた、そんな男がだ。
俺が言うのもムカつくンだが、比較的イイ男揃いの黄金聖闘士の中で、いの一番に結婚したンだぜ?
しかもだ、大して間も空けずに、父親にまでなっちまった。
有り得ねぇだろ?!
この俺が家庭に落ち着くなンてよ。


だが、現実では、美人ではないが愛嬌のある働きモンの嫁さんと、この俺に似た超絶可愛い愛娘に囲まれて。
巨蟹宮の中では、アットホームを絵に描いたような、そんな生活なンだぜ。
何がどうしたって、想定外の未来だろ。


あの頃の俺は、偽教皇サガの威光を笠に着て、やりたい放題、暴れたい放題。
技の余波で無防備な人間が巻き込まれたって仕方ねぇ、弱いヤツは死ね! と口癖のように吐き捨てては、調子に乗って人を殺めて。
そンな俺の人生に、マトモな幸せなンて来るワケねぇだろが。
どうせ俺の最後はロクでもない終わり方だ。
半ば達観していた俺は、未来を諦め、だからこそ、どんな卑怯な事も悪辣な行為も平気で出来ていた。


それがなぁ……。


今では、巨蟹宮に帰れば嫁さんを腕に抱き、膝の上には娘を座らせて。
自分でも驚くぐらいのパパ振りを発揮しちまってンだからなぁ。
目付きの悪い親友には、「お前の目尻が下がっている顔は、見ていて気味が悪い。」とか言われるし。
頭の堅い脳筋の隣人には、「お前の傍だとアイラの教育に悪影響が出るんじゃないのか?」とか、好き勝手言われ放題だ。


まぁ、アレだ。
なンだかンだ言って、アイツ等、皆が皆、俺に先を越されたのが相当に悔しいンだろう。
大体、ホントは俺よか先に結婚すべきだったヤツ等なんて、マジ終わってるぜ?
一人は、全身から仕事大好きオーラを醸し出し、数日の徹夜明けには亡霊みたいにドヨ〜ンとしてやがるし。
一人は、女なンかよりもトレーニングが大好きだと言わんばかりに、筋肉を磨き上げる事ばかりにかまけてるし。


……しゃあねぇ、今度、女紹介してやっかな?


あ、でもダメか。
ここ数年、俺は嫁さん一筋なワケだし、紹介出来そうな女なンていやしねぇしなぁ。
まぁ、そんな事はどうだって良い。
いや、どうだって良いワケじゃねぇが、今は後回しだ。


一番の問題は今、俺の前にいる。
俺の前にチンマリと立ち尽くして、その瞳いっぱいに涙を浮かべている俺の娘。
今年で三歳になるアイラ。
目に入れても痛くねぇくらい溺愛している、大事な大事な愛娘だ。


「でちちゃまぁ……。」


幸せでアットホームで、何処にでもあるような日常が積み上げられてきた、この巨蟹宮で。
今日は、たった一日だけ、非日常的な特別な日。
そんな特殊な空気を破って俺を見上げるアイラの姿は、サガのギャラクシアンエクスプロージョン並みに凄まじい破壊力を持っていた。





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