そうしてぼんやり待つ事、暫し。
連れ立って巨蟹宮に入ってきた二つの小宇宙の気配。
この小宇宙の大きさ、明らかに俺達が気を揉みつつ来訪を待っていた相手のものだ。


「……来たな。」
「あぁ……。いよいよ、か。」


同じく、その気配を感じ取ったシュラが呟いたボソリとした声には、少しだけ緊張感が混じっている。
二人して煙草を灰皿に押し付け揉み消す手に入る、必要以上の力。
意識しまいと思ったところで、勝手に神経が昂ぶってしまう、この異常な雰囲気。
肩の力を抜くためにと、手持ち無沙汰になった手で髪を掻き毟った。


「待たせたな、デスマスク。それで話とは一体、何だ?」
「アイオリア。折角、夕飯をご馳走してくれるっていうんだ。そんなに焦んなくても良いじゃないか。あぁ、シュラも来てたのか?」


そうこうしている間に、プライベートルームへと姿を現した、苛立たしい程に爽やかなマッチョ兄弟。
だが、入ってくるなり話を聞き出そうとするせっかちな弟と、ゆったり悠然と構える兄貴と、この二人、意外に性格は似ていないようだ。
しかし、やはり妙に落ち着いている分、兄貴の方が手強いだろうと、そう思う。


「夕飯の準備が出来てる。先にメシだ。話はその後。それでイイだろ?」
「俺は、その話とやらが気になるんだがな。」
「まあまあ、イイじゃないか、リア。時間もある事だし。」


兄貴に爽やか笑顔で窘められて、弟は不満そうに片眉を上げるが、反対はしない。
やはり兄貴の方が立場は強い、と……。


そこへ――。


「いらっしゃいませ。夕食の準備が出来てま……、っ?!」


パタパタと小さく可愛いらしい足音を立てて、キッチンから顔を出したアイリーン。
だが、そこに来ていた客が、何とアイオロスとアイオリアの兄弟だと知って、驚きで声を失い、その場に立ち竦んでしまった。
そのまま目を見開いて、アイリーンは二人の姿を凝視している。


「やあ、アイリーン。久し振りだね。キミが巨蟹宮に移って以来、一度も会ってなかったな。元気そうで何よりだ。」
「…………っ!」


にこやかに話し掛けるアイオロス。
だがアイリーンは固まったまま、その言葉が聞こえちゃいない様子だ。


「チッ、しゃあねぇ……。アイリーン、ちょっと来い。」


このまま放っておいたら埒が明かねぇ。
仕方がないので、キッチンへと引き摺り込むようにアイリーンを、その場から連れ去った。


「……ど、どういう事ですかっ?! な、何でっ?!」


そこで漸く動く機能と喋る機能を取り戻し、アイリーンは俺に詰め寄ってくる。
あまりに突然な出来事に、さっぱり頭が回っちゃいないんだろう。
ただアワアワと訳の分からない言葉で、俺を見上げるばかりだ。


「いつかはケジメつけなきゃなンねぇんだ。先延ばしにするよりも、早ぇ方がイイだろが。」
「で、でもっ!」
「デモもクソもねぇ。コレを越えなきゃ俺が困るンだ。分かンだろ?」


腕の中にしっかりと彼女を捉え、真剣な眼差しで愛らしい顔を見下ろす。
そうだ、オマエが欲しいんだ。
分かるか、そのためには何をしても、今、越えなきゃなンねぇんだよ、この壁を。


「ココを越えなきゃ、オマエにプロポーズも出来ねぇだろうが。」
「っ?!」


真剣な眼差しで告げる、決定的な一言。
以前から薄々、感じてはいたンだろうが、それでもアイリーンは言葉を失って、俺を呆然と見上げる。


「分かったなら腹括れ。二人で越えるぞ、この山。」
「は、はい……。デス、様。」


まだ呆然としているアイリーンの唇に、軽いキスを落とす。
俺自身もこれから待つ巨大過ぎる難関に向けて腹を括るため、大きく大きく息を吐いた。





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