そうして、アイリーンは生まれて初めて聖域に足を踏み入れた。
ずっと夢見てきた聖域の中、その厳かで神聖な景色が目の前に広がっている。
ここに、自分の兄達がいるのだ。
一人は既に立派な黄金聖闘士として、もう一人は将来有望な聖闘士候補生として。
だが、彼女は直ぐにアイオロス達に会いに行く事はしなかったらしい。


「アイリーンが言うには、いきなり会うのは心の準備が整わないそうでな。あまりに躊躇するので、色々考えた末に、暫く、この磨羯宮で預かる事にしたんだが……。」


シュラの従者として磨羯宮にいれば、自然に顔を合わせる機会も頻繁に出来るだろう。
特にアイオロスは宮も隣だったし、良き先輩として尊敬しているシュラは、常に人馬宮に出入りしていた事もあって、親交も深い。
そうして何度か顔を合わせ、挨拶を交わし、少しずつ会話が出来るようになって慣れていけば。
その内に、きっと真実を話せる機会も持てるだろう。
そう思っていた。


「だが……、物事と言うのは、どうにも上手くはいかないものだな。」


そうこうしている内に、事件は起こった。
聖域中を混乱に巻き込み、暗い影を落とした、あの事件。


「……『アレ』か?」
「あぁ、そうだ。俺がアイオロスを斬り、彼は死んだ。」


あの事件の後、聖域は一時、誰もが激しい疑心暗鬼に囚われていた。
そんな中で、彼女は言える筈がなかった。
アイオロス達の血縁だと名乗り出る事など、出来る訳がなかった。
逆賊の汚名を着た人物と、逆賊の弟と誹謗中傷を受け続けている人物。
その二人の血縁だと、ここで名乗り出たりなどしたら、それこそ命に係わる危険がある。


「だが、もう聖域に入ってしまったアイリーンは、一生、ココで生きていくしかない。俺は彼女をこの宮で雇っている従者だとして、カモフラージュするだけで精一杯だった。だが、彼女にとっては苦痛の日々だっただろう。自分の兄を殺した男の世話になり、同じ屋根の下で暮らすしかなかったんだからな。」


そうして、シュラと共に過ごす日々を、余儀なくされたアイリーン。
その数年間は、苦痛に満ちていただろう事は想像に難くない。
その後、聖域内の学校を卒業し、十六歳になると直ぐに、女官となるべく試験を受け合格。
暫く磨羯宮で下積みをした後、教皇宮へと異動したという訳だ。
そして、今日までの日々を、一人、黙って過ごしてきたと。


「戦いが終わり、俺達もアイオロスも戻ってきた。彼はもう逆賊などではない。今や真の英雄となった。だから、何も隠す必要はないのだが……。」


シュラは彼女に、妹であるとアイオロス達に名乗り出る事を勧めていた。
己が犯した過ちのために、彼女に辛い思いをさせた十三年間。
シュラの中には、それを償いたいという気持ちがあったのだろう。
少しでも早く、失った年月を取り戻し、本来の場所へと戻してやりたい。
だが、どれだけ説得しても、彼女はその勧めには応じようとしないという。


「理由は分からん。だが、ずっとこのままでいるというのもな……。」


事情は全て理解した。
ならば、後は俺が……。


――ガタンッ!


突然、俺は大きな音と共に立ち上がった。
驚き見上げるシュラの顔を見下ろし、俺は真剣な顔で頷く。


「どうした?」
「事情は分かった。シュラ、後は俺に任せてくンねぇか?」
「デスマスク、お前……。本当に本気なのか?」


シュラの言葉に返答をする間も惜しんで、俺はクルリと背を向けると、足早に歩き出していた。
勢い良く開けた、磨羯宮のドアの外。
俺の視界に映るのは、アイリーンのいる教皇宮。
見据えたそこに向かって、俺は一目散に歩き出した。



→第4話へ続く


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