――コツコツコツ……。


静かでいて軽快な足音を立て、長い廊下を近付いてきた人物。
それはアイオロスだった。


その姿を見た瞬間だ。
アイリーンは既にギュッと握り締めていた俺の腕を、更に強く握り締めた。
俺が痛いと思う程に強く。
そして、その身体は、さっきまでの硬直とは比べ物にならない程、ガチガチに固まってしまっている。


「あれ、デスマスク? 何だ、こんなトコロでナンパか? 相変わらずだな、お前は。」
「アンタね。これがナンパに見えンのかよ。」


どんだけ節穴なンだ、コイツの目は。
いつもの爽やかな笑みを絶やさないまま、冗談めかして話し掛けてくるアイオロスに、俺は呆れの溜息を吐くしかない。
とりあえず、軽く受けして、遣り過ごす事に決めた。
それは、チラと横目で確かめたアイリーンの様子が、どうにも気になったからだ。
深く俯き、アイオロスと目を合わせないようにしている上、俺の身体に隠れて、顔を見られないようにしている。


「そうかぁ。女の子からかって、泣かせてばかりじゃダメだぞ、この色男。」
「アンタには言われたくねぇよ。とっとと失せろ。」


見てると段々とイラついてくる、その爽やか笑顔に向かって、俺はそう吐き捨てる。
だが、どんなに俺の気分を害しようが関係ないのだろう。
アイオロスは何が楽しいのか、ハハハッと笑いながら俺達の横を通り抜け、廊下の向こう側へと去って行った。


――コツコツコツ……。


遠ざかっていく足音。
その足音が聞こえなくなるまで、アイリーンは俯いた顔を上げようとしなかった。


「……オイ、アイリーン。」
「は、はい……。」


俺の呼ぶ声に、慌てて握り締めていた手を離し、俺を見上げてくる。
目が合った刹那、俺はハッとした。
そうか、そうだったのか……。


フワフワとした金茶色の髪。
豊満な身体付き。
健康的な小麦色の肌。
澄んだグリーンの瞳。


その瞬間、欠けていたパズルの最後のピースが、俺の頭の中でピッタリとハマッた気がした。


「やっと分かったぜ。そういう事だったンだな。」
「……え?」


俺の言葉に首を傾げるアイリーン。
俺はもう一度、その愛らしい顔をジッと眺めた。
ジッと見つめる俺の視線、それを受け、薄っすらと赤らめた、その顔。
それが誰に似ているのか。
ずっとグルグルと頭の中を回っていた疑問が、やっと解けたのだ。


「オマエさ。アイオロスの血縁、だろ?」
「!!!」


ハッと息を呑む音が、静かな廊下に響く。
確かな答えを聞かずとも、コイツのその反応だけで、俺の導き出した答えが間違っていない事。
ハッキリと分かった。


どおりで、何処かで見た事がある筈だ。
毎日のように顔を突き合わせている連中の中に、コイツに似ている野郎が二人もいたンだからな。
金茶色の髪、健康的な小麦色の肌、澄んだ緑の瞳。
こうしてマジマジと眺めてみれば、アイオロスよりはアイオリアの方に似ている気がする。


「そうなんだろ、アイリーン? で、アイツ等はその事実を知らない。そうなンだな?」
「…………。」
「図星か?」
「…………。」


アイリーンに答える気はないらしかった。
そうだろう。
本人達にも、その事実を隠しているンだからな。


ならば、俺が取る行動は、たった一つだ。
コイツ以外に、その答えを聞かせてくれるだろう人物。
そいつの元へ向かうため、俺はその場にアイリーンを残したまま、足早に歩き出していた。



→第3話へ続く


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