月光の宴



「……は? 月が見たい?」


普段から突拍子もない事を言い出す、何を考えているのか分からない。
そんなやや天然な彼女の言葉は、今日も私を戸惑わせた。


「はい。どうしても明日、見たいんです。」
「どうして月? 何故に明日?」
「ここ最近は、昼間にしか地上に行っていないのですもの。たまには夜の地上にも行きたいです。」
「別に明日じゃなくても良いじゃないですか。明日に拘る理由は?」


嫋やかで控えめで大人しい。
そんなアルクスながら、こうと決めた事は絶対に譲らない頑固さも併せ持つ。
今更、私がどうこう言おうと、彼女が既に決めているのなら覆らないのだろうが、それでも理由も聞かずに承諾は出来ないというもの。
少々しつこく粘っこいとは自分でも思いながら、私は天然街道まっしぐらなアルクスを詰問した。


「明日のギリシャは晴天だそうです。明後日は曇りらしいので、明日がベストです。」
「ギリシャじゃなければならない理由でも? 月が見たいのなら、晴れている場所を探して地上に出れば良いではないですか。明日とギリシャ、どちらも取る必要があるとは、私には思えませんけれどね。」
「でも、明日が良いのです。ギリシャが良いのです。」


眉尻と目尻を同じだけ下げたアルクスが、懇願するように私の目を覗き込む。
あぁ、結局は、そうなる。
私は、この顔に滅法弱い。
あと少し責めれば泣き出しそうな彼女の表情に。
私は大きな溜息を吐いた。


「良いでしょう。明日は月見にでも行きましょうか。」
「本当ですか、ミーノス様?」
「私は貴女を苛める気もなければ、泣かせたい訳でもないのです。ただ納得出来ない事を、そのまま受け入れるのが癪なだけですよ。」
「ふふ、良かったぁ。」


パアアと分かり易く破顔したアルクスは、泣きそうだったのが嘘のように、鼻歌混じりに部屋を出て行った。
聖域から冥界へと移り住んで、まだ一年程の彼女。
地上への郷愁、懐かしい景色への渇望も湧いてくる頃だろう。
これといった理由も見当たらず、突拍子もない思い付きでも、アルクスの行動ならば可愛いものだ。
私は大きく息を吐き、手にしていた本の続きに戻った。



***



翌日は、アルクスの言う通りに見事な晴天になったようで。
私達が地上へと出て行った頃には、既に真っ暗になった空に、沢山の星が瞬いていた。


「ほら、見てください。」
「あぁ。これは確かに……、美しいですねぇ。」


夜の海は黒く染まり、空との境界線を無くした景色の真ん中に、丸々と肥え太った満月が、鈍い光を放っている。
その存在感、その堂々たる姿には、目を見張るものがあった。


「……で、どうして貴女は折角の夜空を眺めずに、私の顔ばかり見ているのです?」
「だって、それが目当てだったのですもの。」


人気のない静かな海岸。
持参したクッションの上に座り込み、だが、これだけ美しい満月も星空も眺めずに、隣に座る私の横顔ばかり見つめているアルクス。


「目当て?」
「はい。ミーノス様の表情とか、綺麗な髪色とか。その全体的な雰囲気が、月光の下で見たら、きっと美しいんだろうなと……。思った通りに満月に素敵に映えて、惚れ惚れとしてしまいました。」
「似合いますか。私と月が。」
「はい、とっても。」


予想外の言葉に面食らう私と、ニコニコと嬉しそうなアルクス。
夜に輝く月と、黄泉の世界に生きる私と。
共に在る筈のないものを同時に眺め見て、彼女は感嘆の溜息を吐く。
光のない世界で妖しく光る冥衣こそ、私に一番似合うものだと思っていた。
だが、地上から降りてきたアルクスは、我々とは異なる目を持って、周りを見る事が出来るのだ。
それは何より貴重な感性だった。


「貴女は本当に面白い女性ですね。」
「そうですか?」
「そうですよ。」


月光に揺れる髪をクシャッと撫でた。
心地良さげに目を細め、腕を絡めてくるアルクス。
この私が、地底深い冥界世界の住民である私が、こうして愛しい人と共に過ごせる喜びを噛み締める事が出来るとは。
ふわりと温かな気持ちが胸を浚い、私はその狭い額に唇を押し付けたのだった。



鈍い光の下、寄り添う二つの影



‐end‐





ミーノス様、お誕生日おめでとう御座いました(遅っ;)
そして、サイトも九年目。
これからもノンビリほわほわとマイペースに頑張ります。

2016.03.27



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