バチンと一つ大きな音がして、鮎香がホッチキスを留め終わった資料をテーブルの上に積んだ。
そして、そのまま俺をジッと見て、小さく首を傾げている。


「そういうものなのですか?」
「少なくとも、俺はそうだな。」
「黄金聖闘士様なら、いつ何時でも綺麗に着飾っている女性の方が好みなのだと思ってました。」
「そういうヤツもいるだろうが、俺は違う。」


一瞬だけキョトンと目を丸めた後、鮎香はフワリと笑ってみせた。
あぁ、こういう笑顔も良い。
媚のない素直な笑顔。
だが、何も知らない訳ではなく、明らかに俺の言葉の意味を汲み取った上での反応だ。
それは、大人の遣り取りを知っている者の、得心が行った時の表情。
その事実に、心がドキッと僅かに跳ね上がったのが分かった。


「つまりは『貴方だけの私を、貴方だけが見てください。』そう言われたいんですね。」
「まぁ、平たく言うとそうだな。」


彼女が俺のためだけに着飾って、俺の前でだけ、そう言ってくれたなら……。


不意に脳裏を掠める妄想。
いつものような素直な笑顔と、仕事の時の清楚な立ち居振る舞いとは違う、大人の色香を含んだ笑みを浮かべて、ただ一人、俺の前に立つ鮎香の姿。
俺のためのドレスを纏い、俺のために美しく化粧し、爪の先まで俺好みに着飾って。


「なら、もしシュラ様と一緒に出掛ける機会があったなら、その時だけ、特別に綺麗なネイルアートをして行きますね。そうしたら、喜んでくださるのでしょう?」
「機会があったら、だと?」


変わらず、邪気のない顔をしてニッコリと微笑む鮎香。
言っている言葉の意味を分かっているのか?
それは誘いの言葉だ、無邪気を装って俺を誘う大人の女の仕草。
間違いなく勘違いするぞ、俺に気があるのだと。
先程の笑顔が、俺の言葉を汲み取ってのものだとするのなら。


「そうか。ならば俺がデートに誘ったら、鮎香は断らずに来てくれるという事だな。ミロやアイオリアならば断るのに。」
「えっ?! あ、あの、そういう意味じゃ……。」
「なんだ? 鮎香はたった今、自分で言った事を反故にするのか?」
「え、あの、そ、そうではなくて、その……。」


慌てた様子で何とか言い繕うとする鮎香の手が俺の方へと伸ばされ、その手が、スッと俺の手の甲に重なる。
その触れた指先の熱が、ヤケに生々しい熱さに感じられて。
俺は高鳴る胸の奥、零れ落ちそうになる吐息を必死で堪えた。



指先の熱に焼かれて
(隠した想いが肥大化していく)



‐end‐





ストイックで生真面目がウリの山羊さまには、少し古風な考え方をして欲しいとの願望の現われです(笑)
そして、相変わらず山羊さまを妄想癖に仕立て上げたい病が発症中(苦笑)
確実に、夢主さんは山羊さまの妄想の中で、数回は押し倒されてるかと^^
お気付きと思いますが、山羊さまも夢主さんが好きで、夢主さんも山羊さまが好き。
でも、きっと山羊さまの想いの方が強いんじゃないかと思ったり何だり。

2012.04.29



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