薄闇と淡い夕焼けの色が入り混じっていた筈の部屋の中は、いつの間にか、夜の深い闇色が夕陽の色に勝りつつあった。
その深まりゆく夕闇の中、再び声を落としたシュラ様が、私を諭すように言葉を続ける。


「それはアンヌが受け取るべき正当な報酬だ。それを理由もなしに下げるなど出来はしない。」
「理由ならあります。」
「それは理由にはならん。この宮の財政状況に余裕がないからと言うのは、俺の個人的な問題だ。アンヌが重大な過失をしたというのなら兎も角、何一つミスのない状況で減給などは有り得ん。」
「でも、シュラ様。私には、元々こんなにも高額なお給料は必要ないんです。宮付きですから食事と住む場所には困りませんし、洋服だって、支給されている女官服で過ごす時間が殆どで、私服にお金は掛かりません。それに、仕送りをしなければいけない家族もいませんから、高いお給料を貰っても、ただ無駄に貯まっていく一方なんです。だから――。」
「いや、駄目だと言ったら、駄目だ。」


こういうところが、やはり頑固というべきか、シュラ様は耳を傾けようともしてくれない。
そんな彼の頑固さに、思わず零れる溜息。
それを見咎めたからか、私の溜息に連鎖反応したからか。
今度はシュラ様が大きな溜息を吐き、その音に驚いて顔を上げれば、ワシワシとその逆立つ黒髪を掻き毟っている。
この仕草を見たのは、今日、二度目だ。
そう思って見上げていると、ぼんやりとした耳に、シュラ様のボソリと呟いた声が届いた。


「俺に恥をかかせる気か、アンヌ。」
「え……?」
「雇っている女官に正当な給料が払えずに減給したなどと、他の奴等に知れたら、どうなると思う?」
「それは……。」
「給料が払えないなら、アンヌ以外の女官を雇えと、もしくは、以前のように女官など雇うなと、追及してくる奴もいるだろうな。特にアイオリア辺りが率先して激しく非難してくるに違いない。」
「そんな……。」


まだ完全には染まりきっていない薄闇の中、シュラ様の端整な顔が悲しげに翳る。
真横から見上げていた彼の、そんな表情を目の当たりにして、私の心はキュッと切ない音を立てて締め付けられた。


「アンヌが俺の宮に来て、まだ一週間程しか経っていないとは、とても思えない。それ程までに、アンヌはココにはなくてはならない存在になっている。いや、この宮だけじゃない、俺にとってもなくてはならない存在だ。今では、あの酷い部屋で暮らしていた事が嘘のようだ。俺はもう、あのような生活には堪えれそうにない。アンヌがいない駄目なんだ。俺には……。」
「シュラ様……。」


なんて嬉しい言葉を掛けてくださるのだろう。
宮付き女官として、宮主である方にこんなにも頼りにされていると知って、胸の奥に深い感動がじんわりと湧き上がる。
なくてはならない存在、そうなりたいと思い、女官として陰から彼を支えてきた私にとっては、この方のために、何処までも尽くしたいと、そう思える言葉だった。





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