でも、シュラ様も立派な成人男子ですものね。
欲求不満にだってなるだろう。
特に今のように好きな方がいるけれど、その想いが叶わない状況では、尚更だ。
思いは募れど叶わず、身体に欲求ばかりが積もり積もっていく。
女の私でも、その原理は理解しているつもり。


でも、だからといって、女官の私に手を出そうなんて間違っている。
一般人の女性に手を出して、本気になられたら後が困る事。
それはシュラ様だって、ちゃんと分かっている筈だ。


そのために聖域の内部にも、欲求を吐き出すための場所がキチンと用意されていた。
聖闘士様達の他、雑兵さん達などが、欲望に任せて女官や一般人を襲わないようにとの配慮から作られた施設だ。
デスマスク様も恋人が出来る以前は、良く足を運んでいた。
それは戦いの後の高揚した心のまま自宮へ帰っては、私を襲ってしまいかねない。
だからこそ、そういった場所で心を沈め、血の気を抑えてから戻ってくる。
それはデスマスク様なりの優しさだと思っていた。


でも、シュラ様といえば、変なところで生真面目と言うか、潔癖と言うか。
そういう場所へは近付きもしないようで、真っ直ぐに自宮へと戻ってきてしまう。
お陰で、そんな彼の最高潮に高まったムンムンなフェロモンで迫られ、私はいつも気が気じゃない。
何せ、私はシュラ様が相手の時に限って、自分が信用出来ないのだもの。
どんなに自分を厳しく律しても、いつもギリギリのところで彼の魅力に堕ちてしまいそうになるから。
そんな意志の弱い自分が許せなくなる。


「……っ。アンヌっ!」
「はっ、はいっ?!」
「どうした、ぼんやりして? 名前を呼んでも反応しないから、心配になった。」
「すみません。大丈夫、です。」
「昨日の事でも思い出していたか? 何なら、今からでも遅くない。ベッドへ行くか?」
「け、結構ですっ! お断りしますっ!」


そんなにはっきりと断らなくてもと、小さな声でブツブツと呟いたシュラ様は、少し落ち込んでいるようだった。
欲求不満だというのなら、そうよ。
いっそ、心に想っている方に告白でもしてしまって、恋人になってしまえば良いのに。


シュラ様からの告白を断る女性なんていない。
直ぐにも、周りが羨むようなカップルになるだろう。
シュラ様もその方も幸せいっぱいで、彼の欲求も解消されて万々歳だ。
ただ私だけは、新しい勤め先を探さなければならなくなるけれど。


微かに溜息を吐きながら振り返ると、シュラ様が先程の山羊ぐるみを両手に抱き上げていた。
やはり不思議と違和感がない。
あれがシュラ様と私……。
その言葉の通りだったら、どんなに良いかと思ってしまう。


いけない、また余計な願望が頭をもたげ出した。
叶わない夢は見ない、間違った希望は抱かない、そう決めたのに。


「シュラ様。ランチの用意が出来てます。早く食べないと、午後の執務に遅れてしまいますよ。」


ぬいぐるみを抱いてリビングに立つシュラ様の髪に、窓から差し込む光が反射する。
その時の私は、彼がどんな想いでそのぬいぐるみを見つめていたのか、何一つ、気付いてはいなかった。





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