11.六日目@
――カタカタカタ……。
「よし、出来た。」
春の柔らかい日差しが差し込む、午前の磨羯宮。
愛用のミシンをカタカタと鳴らして、私はカーテンの丈詰めをしていた。
昨日、買ってきた薄いグレーのカーテンは、よくよく見ると表面に光沢があり、春の日差しにキラキラと光の波模様が浮んでいる。
物置部屋から脚立を運び込んだ私は、古いカーテンを外して、たった今、縫い終わったばかりの真新しい綺麗なカーテンを取り付けた。
長さの状態を見るために、一旦、カーテンを全て閉めれば、明るい光に満ちていた室内が、途端に真っ暗になる。
新しく買ったものは、光を透さない素材で出来ている遮光カーテンだったようだ。
「うん、ピッタリ。」
カーテンの長さが丁度良い事を確かめ終えると、私は一気にカーテンを開いた。
カーテンレールを滑る『シャーッ』という音に続き、眩しい光が視界を奪う。
数秒遅れで眩しさに慣れた瞳には、窓の外、延々と何処までも広がる聖域の森の新緑が鮮やかに映った。
うららかな春の日、今日は気持ちの良い朝。
「さて、今日は何をしようかな……。」
脚立とミシンを片付けながら、呟く独り言。
お掃除も洗濯も済ませてしまったし、食料品の買出しは明日で良い。
執務に向かったシュラ様が、お昼に戻って来るまでには、まだ時間がある。
昼食の献立も、もう決めているし。
う〜ん……。
アレコレ考えながらも、自分の部屋から持ってきた袋を開ける。
中から出てきたのは、小さな仔山羊のぬいぐるみが二つ。
白山羊さんと黒山羊さん。
昨日、買物の途中で、シュラ様の目を盗んで買ったものだ。
あまりに可愛らしかったので思わず、と言ったところ。
リビングテーブルの真ん中に、二体の山羊ぐるみを並べて飾ってみた。
お昼に戻ってきた時、シュラ様は果たして『コレ』に気が付くだろうか?
見つけた時、彼がどんな反応をするのか、想像すると何だか楽しくなる。
以前からあるベッドの上の山羊ぐるみといい、この山羊ぐるみといい、およそ可愛いものとは縁遠く、聖域イチぬいぐるみの似合わなさそうな強面のシュラ様だが、不思議と傍に置いてあっても違和感がない。
彼自身、何処となく可愛らしい(というか子供っぽい)ところもあるし、そのせいだろうか。
不意に昨日の事が鮮明に甦って、私は山羊ぐるみの頭を撫でていた手をピタリと止めた。
私を軽々と抱き上げた逞しい腕。
しがみ付いた身体のしなやかな筋肉の隆起。
服越しに伝わる温かな体温。
微かに感じる汗の匂い。
そして、間近で見る疾走する彼の真剣な眼差し、凛々しい横顔。
そのどれもがシュラ様の男らしさと強さを、嫌という程、私に突き付けた。
時に、子供のように無防備で。
時に、息を飲む程、格好良く。
時に、目眩がする程、セクシーで。
時に、駄目親父のように面倒臭がり。
そのどれもがシュラ様なのだ。
私は幾つもの顔を持つシュラ様の様々な面を知っては、その都度、心乱されたり、翻弄されたり、困惑させられたり、いつもこの心は忙しく反応する。
無意識に小さな溜息が零れた。
山羊ぐるみから、すっかり止まっていた手を離し、窓の外に目を向ける。
春の風に揺られて、木々の緑が柔らかに揺れていた。
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