8.四日目@



一人で食べる昼食は、妙に味気なかった。
おかしいの。
シュラ様と共に食事をするようになってから、まだホンの数日しか経っていないというのに。
それが当たり前のように私の生活に馴染んでしまっている。


最初こそ宮主であるシュラ様の近くで食事をする事に酷く緊張もしたけれど、その間に交わされる食事を邪魔しない程度の会話は心地良くて。
一日の殆どが仕事時間である私にとって、それは憩いの時間と言っても過言ではない程、楽しい時になっていた。
何より、私の作った料理を食べたシュラ様が、目を細めて「美味い。」と言ってくれた時の、あの柔らかな表情を独り占めする喜び。
一人の食事では、そんなシュラ様の顔を目にする事は出来ないのだ。
自分一人で黙々と食事をしたって、楽しくも美味しくもない。


思えば、食事を味わって食べるなど、この六年の間ですっかり忘れてしまっていた。
いつもデスマスク様の食事の進み具合に気を取られ、キッチンの片隅で味わう余裕も時間もなく、喉の奥へと流し込んでいただけの食事。
正直、自分が作る料理の味はどのようなものなのか、出来具合はどれ程のものなのか、それすらも分からずにいた。
それもこれも、味わって食べた事がなかったからだ。


それが、シュラ様が「美味い。」と顔を綻ばせて言ってくれた事で、自分の料理に自信が持てるようになった。
そして、作る事も食べる事も、そのどちらも楽しいと思えるようになった。
デスマスク様が納得して食べてくれる料理を作る事が私の仕事だから、兎に角、彼に食べてもらえるものを作る事だけで精一杯だったのに。
今では美味しいものを提供するだけではなく、『シュラ様のために』と気持ちを籠めて料理するようになっている。
それもこれも、シュラ様の「美味い。」と言う一言と共に浮ぶ、あの表情が見たいがためだけに。


そこで、ハタと気付く。
たった四日。
まだ四日しか経っていないのに、私の世界は、もうすっかりシュラ様を中心に回っている。
シュラ様の言葉ひとつひとつ、行動のひとつひとつ、その全てに呆れるくらい敏感に反応してしまう自分。
高く跳ね上がったり、深い谷底まで落ちていったり、彼の一挙手一投足に振り回されて、私の心は忙しく揺れ動く。
たった四日、たったの四日間で、こんなにも心を奪われてしまっている。


元々、シュラ様が一番素敵だと、前々から思っていた。
デスマスク様・シュラ様・アフロディーテ様のお三方の中で、誰が一番好きかと問われれば、迷わず「シュラ様です。」と答えていただろう。
口数少なく落ち着いた雰囲気、誠実で真面目、でも、お固い訳ではなく大人の余裕も持っていて、時折見せる軽い笑みが男性の色気を多分に含み、それはそれは素敵だと思っていた。
でも、それは憧れと言うか、手の届かない相手を『この人は自分の好み』だと捉えているだけのもので、映画に出ている俳優や、雑誌の中のモデルに対して抱く憧憬の気持ちと、ほぼ変わらない。


でも、今では彼の本当の姿、普段の生活も、欠点も、短所も。
悪いところが全部見えてしまっている。
それでも、これまで以上にシュラ様が素敵だと思えるのは、この心を彼が奪ってしまったからだ。
面倒臭がりなところも、片付けが出来ないところも、自分勝手なところも、そういうちょっと迷惑な性格で私を振り回してくれるところにも。
彼の困った性質を含めて、シュラ様の全てに惹かれて止まない。


だけど……。


だけど、私が幾ら想いを募らせたところで、シュラ様の心には既に想う人がいる。
デスマスク様とアフロディーテ様の会話から察するに、以前からずっと思い続けているのだろう、そんな女性がいる。
ならば、そこに私のような女官如きなど、入り込む余地がある筈もない。


無意識に重い溜息が零れる。
後悔しているのかもしれない、深く考えずに、この宮へ移ってしまった事を。
宮付き女官の仕事などスッパリ諦めて、教皇宮で働いていれば、こんな気持ちに悩まされる事もなかった。
シュラ様の事を想い、任務に赴いたシュラ様が心配で、こんなにも苦しくなる事もなかったのに、と……。





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