8. 全てを貴方に



心地良い朝だった。
高い空から降り注ぐ朝の光がキラキラと空中に光り、窓から眺める景色を眩しく輝かせていた。
私は気分良く午前中のお仕事――、お掃除やお洗濯を済ませて、空いた時間を新しいファブリックの手入れに当てていた。
キッチンのマットと、リビングのソファーの下に敷いているラグを、新しいものと取り替えようと思っていたのだ。


「お邪魔しますよ、アンヌ。」
「あ、ムウ様。お疲れさまです。」


普段は余りココへ顔を出さないムウ様が、こうして様子見に来るなんて珍しい。
私は慌てて手入れ中のファブリックを押し遣り、ムウ様にソファーを勧めたが、それは丁寧に断られた。


「直ぐに帰りますから、お構いなく。それよりアンヌ、午後から時間はありますか? あるようでしたら、アイオリアの彼女のところに、顔を出して上げてください。」
「歩美さんに何かあったのですか?」
「いえ、これと言っては何も。ただ、貴女の顔が見えなくて寂しいと言っていましたので……。」


アイオリア様の本心を聞いた夜から、もう三日が経っている。
あの後、晴天のお天気が続いていたせいもあって、私は教皇宮に足を運べないでいた。
彼等の事は大いに気になっていたし、歩美さんともお喋りはしたいと思っていたけれども、このお天気では仕方ない。
この強烈な日光を浴びてしまえば、教皇宮に辿り着く前に、私は間違いなく十二宮の階段の途中で倒れてしまう。


「行きたいのは山々なのですが、この晴天では……。」
「あぁ、そうでした。貴女は日光が苦手でしたね。では、戻る際、巨蟹宮のデスマスクに声を掛けておきましょう。彼は確か、午後から執務当番の筈です。」
「ありがとうございます。助かります。」
「では。」


お香だろうか。
エキゾチックでスパイシーな香りを残し、ムウ様は静かに部屋を出ていった。
後に残された私は、隅に押し遣ったファブリックを、もう一度、手元に引き寄せた。
歩美さんのところへ行くなら、何か差し入れを持っていこうかしら。
再開した手入れを進めながら、ぼんやりと考える。


アイオリア様からの告白を受けて、歩美さんは直ぐにでも獅子宮に移るものだと思っていた。
だが、彼女は怪我が治るまでは教皇宮に留まると言い張り、結局、その通りにする事が決まった。
それを聞いて、当然、私も驚いていた。
どうして獅子宮に移らないのか、その真意を聞きたいと思っていたところだったし、教皇宮まで連れていってくれる人がいるならラッキーだ。


「……ったく、ラッキーで足に使われたンじゃ、やってらンねぇだろが。」
「すみません、デスマスク様。」


午後に入って直ぐに現れたデスマスク様は、初対面の人が見ても明らかに不機嫌と分かる仏頂面を貼り付けて、開口一番、溢れ出る文句を吐き出した。
私は兎に角、謝り倒すしかない。
何を言ったところで、一度、この人の機嫌を損ねたら、元に戻すのは至難の業なのだ。


「ま、暫くは天気も崩れねぇようだし、仕方ねぇか。」
「ありがとうございます。やはり頼るべきはデスマスク様ですね。」
「オマエ、ホントに心からそう思ってンのか? 全くもって誠意が感じられねぇ。」
「そ、そんな事はっ……。」
「ま、いっか。取り敢えず、行くぞ。」
「はい。」


私は差し入れのオレンジゼリーが入った紙袋を抱え、デスマスク様に抱き上げられた。
相手が誰であれ、それがシュラ様だろうと、デスマスク様だろうと、相変わらず男の人に横抱きにされる事に慣れない私は、その腕の中で小さく身を縮めた。





- 1/10 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -