私が話をしている間、歩美さんは一度もコチラを見る事はなかった。
膝の上で組んだ手をモジモジと動かし、上掛けのケットを握り締め、視線を落として、その手の動きを見つめていた。
ただ最後に、アイオリア様が歩美さんの意識を呼び戻した際の話をしていた時だけ、視線を窓の外に向けていた。
だけど、彼女は決して私の話を聞いていないとか、右から左に聞き流しているとかではなく、しっかりと聞き取り、受け入れ、飲み込んでいるからこそ、私の方へと目を向けられないでいるのだ。
私には歩美さんの気持ちが痛い程に分かって、話をしている内に、胸の奥にジワジワと切ない痛みが広がっていくのを感じていた。


「……アンヌさん。」
「はい、何でしょうか?」


全てを話し終えた後、私は敢えて何も言わずに、歩美さんの反応を待っていた。
彼女は暫く、窓の外を流れる真っ白な雲を眺めていたが、おもむろに私の方へと向き直ると、一瞬だけ間を開けて、それから躊躇いがちに口を開いた。


「これ……、貴女が預かってくれていたのね、ありがとう。」


ケットを握り締めていた歩美さんの手が私の前へと差し出され、そっと開かれる。
その手の平には、アイオリア様が歩美さんに贈った、あの羽根飾りのお守りが乗っていた。
目覚めなかった彼女の意識を呼び戻す媒介となったもの。
アイオリア様と歩美さんを繋ぐ大切なアイテム。


「これが失われていたら、私の意識は戻らなかったかもしれない。ありがとう、本当に。」
「私にお礼の必要はありません。必要なのは、アイオリア様への言葉なのではないですか?」
「……そうね。」


呟くようにそう言って、歩美さんは、またフイと窓の外へと視線を移した。
まるで駄々っ子のようだ。
もしくは、思春期の初恋。
自分が思っている事とは正反対の態度を取り、心にもない言葉を吐いてしまうような、甘酸っぱい青春の一コマ。


でも、二人はもう良い大人で、それなりに男女の色恋も経験している年齢。
好きな相手に本心を伝えられないどころか、これだけの大事件を乗り越えてもなお、素直になれないだなんて……。
つい最近まで、マトモな恋愛の一つもなかった私が言える言葉ではないけれど、これでは余りにも何から何まで拗らせ過ぎだと思う。
彼女の意識が戻った時の二人の様子を見ていた限りでは、もう何も心配する事はないと思えたのに。


「私はね、ちゃんと言ったのよ。無理をさせてごめんね。心配掛けてごめんね。そして、助けてくれてありがとう、って。なのに……。」
「なのに?」
「聖域内に入り込んだ化物を始末するのは当然、お前に礼を言われるような事など何もない。そんな風に、ぶっきら棒に言い放ったのよ、あの人……。」


これは、どうやら拗らせ過ぎなのは、アイオリア様の方だったようだ。
あれだけ大変な事件が起こったからこそ、歩美さんにどう接して良いのか分からなくなっているのかもしれない。
彼女が鬼神に囚われた時に、どんな風に自分の気持ちが乱され、動いたのか。
それを改めて思い返し、戸惑っているのではないか。
それが彼女に接する態度に如実に現れ出てしまい、冷淡とも取れる言葉となってしまったに違いない。
それは、間に入ったカミュ様すら困惑するくらいに……。





- 2/11 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -