5.漂泊する心



帰り着いた教皇宮で待っていたのは、苦い笑みを全面に貼り付けたアフロディーテ様と、明らかに不機嫌な様子のアイオロス様だった。
普段は誰よりも落ち着いていて、というよりかは、底の見えない思考を巡らせている大人なアイオロス様が、今は子供のように頬を膨らませ、不貞腐れているのだから驚きだ。
多分、この闘いの最前線に立てなかった事、サガ様に留守番を言い渡された事が、気に入らないのだろう。
戻ってきた私達をジトッと睨み付け、それから、サガ様に向かって、勢い良く食って掛かった。


「随分と遅かったじゃないか。あの程度の相手に、時間を掛け過ぎだろう。」
「そう簡単にいくものではない。彼女を無事に保護する事が、最優先だったのだからな。」
「それにしたってだ。サガが随分とモタモタしたから、アイオリアが頑張らなきゃいけなくなったのだろう? 俺なら、あの瞬間、即座に矢で射られた。化物に無駄な抵抗などさせなかったさ。」
「はいはい。分かった、分かった。」


呆れ声を上げるサガ様に、更なる抗議を被せようとするアイオロス様。
だが、その言葉を遮ったのは、アイオリア様だった。


「兄さん。すまないが、抗議なら後にしてくれ。まだ、全てが終わった訳じゃない。」
「どういう事だ?」


その一言に、途端にアイオロス様は眉を寄せて、厳しい顔になる。
アイオリア様は特に言葉は紡がず、ただ腕の中の歩美さんを見遣った。


未だ目覚める様子のない歩美さん。
外傷はない事から、多分、精神に受けた衝撃が大きかったのだろう。
何度も呼び掛けたが、未だ目覚めないとなると、このまま自然に起きるまで放っておくのは危険だった。
強い小宇宙を持って、彼女の精神に直接、接触し、無理にでも目覚めさせる必要がある。


「俺は、自分で言うのも何だが、こういった精神に作用する治癒は苦手なんだ。サガやデスマスクならば上手くやるんだろうが、二人共、戦闘による疲労具合が激しい。だから、その……。」
「俺の……、力を借りたいのか、アイオリア?」
「あぁ。頼めるかな、兄さん?」


刹那の静寂。
真っ直ぐに弟を見据える、兄の鋭い目。
アイオリア様の緑の瞳は揺れてはいても、決して目を逸らす事はなかった。
大事な人を助けるために、今はつまらない意地など張っている場合ではないと分かっていたから。


「……分かった。手を貸そう。」
「ほ、本当かっ?」


アイオリア様の顔が、途端にパアッと明るくなった。
時に太陽のようだと形容されるアイオロス様のそれと、とても良く似た笑顔。
それに釣られてか、アイオロス様の顔にも穏やかな笑みが浮かぶ。


「ありがとう、兄さん。恩に着る。」
「恩義など感じる必要はない。俺達は兄弟だ。そして、今のこの状況を思えば、手を貸さないという選択肢は、無いに等しいさ。」


アテナ様の禊ぎの泉へと向かった黄金聖闘士は皆、疲労困憊の状態。
残っているのは、戦闘に加わらなかったアイオロス様とアフロディーテ様。
アイオリア様と協力して、歩美さんへと小宇宙を注ぎ込み、その精神に触れるとするなら、呼吸の合った相手と共に行うのが一番安全で、成功率が高いだろう。
ならば、アフロディーテ様よりも、実の兄であるアイオロス様が手を貸すに限る。


「彼女を仮眠室へ。直ぐに始めよう。」
「あ、あぁ!」


クルリと背を向けて歩き出したアイオロス様を追って、アイオリア様も仮眠室へと向かう。
彼の腕の中で眠り続ける歩美さんは、きっと無事に目を覚ましてくれる。
そう信じて、私も彼等の後を追った。





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