元々暗かった部屋が、更に真っ暗になった。
薄らとぼやけていた部屋の中の様子や輪郭も、全く何も見えない。
その理由が、シュラ様に強く抱き締められているためだと気付くまでに、数秒掛かった。


「あ、あの……。シュラ、様……?」
「…………。」
「す、少しだけ……、苦しい、のですが。」
「……すまん。」


ホンの少し、本当に少しだけ腕の力が弱まり、息を吐き出せる程度の隙間が出来た事は出来た。
が、抱き締められている事には変わりはないし、身動きが取れない事にも変わりはない。
シュラ様は私の肩に顔を埋めていて、表情を窺う事は出来なかったが、微かに吐き出される息の音が耳元に聞こえた。
まるで溜息のような細い息だった。


「もう少しだけ、このままでいさせてくれ。」
「はぁ……。あの、どうかなさったのですか?」
「…………。」


答えは返ってこない。
だけど、理由は聞かなくても分かる気がした。
多分、重ねてしまったのだ、アイオリア様に自分自身を。


それから、どのくらいの間、こうして抱き締め合っていたのか。
長くても五分程度だとは思うけれど、この静寂に包まれた暗い部屋の中では、倍にも三倍にも長く感じられた。
そして、その分厚い胸の内側からトクトクと聞こえてくる心地良い心臓のリズムとは裏腹に、モヤモヤと感情の奥に巣食い続ける曖昧なもどかしさに、微かな胸の痛みを覚える。
それはきっとシュラ様も同じ。


「……不謹慎だと分かってはいるが、あれがアンヌでなくて良かったと、そう思ってしまった。」
「そう、ですか……。」
「抱き締めて、お前の体温を直に感じ取りたかった。確かに、ココに居るのだという証に。」


やはりシュラ様は考えてしまったのだ。
アイオリア様が自分で、歩美さんが私であったなら、と。
そして、居ても立ってもいられなくなった。
姿の見えなくなった私を探して、この部屋を訪れたのも、心配だったからというだけでなく、そういう理由もあったのだ。


「これでお分かりになりましたか?」
「……何の事だ?」
「私の気持ちです。シュラ様が任務に出ると聞いた時、私の心は不安と恐怖で満たされました。シュラ様に何かあったら……、という不安と、シュラ様にもしもの事があったら……、という恐怖です。」


でも、シュラ様はそんな気持ちでいっぱいになっていた私の曇った表情を見て、そんな顔をするなと、不安に思う程の事はない、心配するなと言った。
けれど、どんなに単純で容易い任務であろうと、何が起こるか分からないのが聖闘士の仕事。
心配するなと言われたところで、そんな事は無理な話だ。


「確かに、同じと言えるか。アンヌに何かあったらと思う今の俺の気持ちと、任務に向かう俺を見送った時のお前の気持ちは……。」
「どんなに大丈夫だと言われようと、心配無用と宣言されようと、心配なものは心配なんです。それが愛しく想う相手なら、尚更。」
「愛しい相手だからこそ、些細な事でも心配になる。そういう事だな。」
「はい……。」


僅かに空いた彼の腕の隙間から見上げると、その唇に薄く浮かんだ笑みが視界に映った。
フッと零れる吐息のような微笑。
私の一番好きな彼の表情。
いつも、そのはにかんだ笑みに心奪われてきた。
私は自らもシュラ様の腰に腕を回すと、その逞しい身体にギュッと抱き付いていた。





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