あ、そうだわ。
シュラ様が戻ってきたというのなら、二人分のランチを準備しなきゃ。
彼が戻るのは、もう少し遅い時間だと思っていたから、お昼は余りもので済ませるつもりだったけれど、シュラ様がいるなら、そうはいかない。
でも、彼が望む美味しいものを、今から用意出来るかしら?


「その必要はない。昼は戻ってこられないだろう。」
「それは……、報告に時間が掛かるという事ですか?」
「少し込み入った話になりそうだからな。三十分やそこらでは、話が纏まらない可能性が高い。」


言われて、私は目の前のシュラ様を繁々と眺めた。
それこそ、頭のてっぺんから、足の爪先まで、余すところなくジックリと。


「どうした? そんなにジロジロと俺の事を眺めて。」
「いえ……。何処か変わったところはないかと、確認を……。」


込み入った話になる。
つまりは、任務の結果、それが厄介な事案であると分かったという事。
ならば、シュラ様自身にも、それなりの危害が及んだ可能性もあるだろうと、思わず確認のために全身を隈なく眺めてしまった。
見たところ、一つの怪我もなく、聖衣にも傷はないし、背に揺れるマントは純白のままで、血の痕どころか染み一つない。


「安心しろ。戦闘には及んではいない。ただ……、ギリギリ危うい状況にはあった。」
「では……。」
「詳しい事は、報告から戻ってからだ。何も決まらぬうちに、アンヌが変な杞憂を抱く必要はない。」


結局、シュラ様は私に一度も触れる事なく、教皇宮へと報告に向かった。
かなり我慢していたとはいえ、きっちり公私の区別を付けたところを見るに、彼の気持ちのスイッチは、まだ聖闘士の方に入ったままだ。
それも相当に厄介な事案の報告をしなければならないのだから、シュラ様も気乗りがしないのだろう。


あ、そうか。
だから私が買物から戻ってくるのを、わざわざ待っていたのだわ。
報告には時間が掛かる事が分かっていたから、先に一目でも私の顔を見ておきたいと、そういう事だったのだろう。


うん、何と言うか……。
こういう些細な事が、とても嬉しいと思える。
それだけ彼に想われているのだ。
いつもの激しい愛情表現よりも、こういうちょっとした事に、幸せを感じる。


「さてと。夕食には何を作ろうかしら……。」


まだランチも済んでいないのに、二人で過ごす夕食の時間に心を馳せる自分。
無事に戻ってきてくれたシュラ様に、彼の好きな美味しいものを食べさせて上げたい。


だが、心に残る一抹の不安。
それはシュラ様の表情が、絶えず曇っていたせいだ。
他の人から見れば常に無表情な彼でも、私から見れば表情豊かなシュラ様。
そんな彼が、ずっと眉間に皺を寄せ、難しい顔をしていた。
それはつまり、彼が持ち帰った案件の重大さの現れ。
そうだとしたら、美味しいものを食べて、ほっこりと和んでいる場合ではない。


私は買物籠をキッチンの作業台の上に下ろしたままの状態で、ピタリと動きを止めた。
籠の中から姿を覗かせる、艶々とした野菜達。
不安な気持ちは心の奥に残っていたけれど、今はまだ何も分からない。
全てはシュラ様が戻ってきてからだ。
そう言い聞かせて、私は自分の仕事に没頭した。



→第6話に続く


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