7.狭まる距離



私が磨羯宮に戻って数分もしない内に、シュラ様が帰宅した。
時計を見上げれば十二時少し過ぎ。
もう、こんな時間。
自分が思っていた以上に長く獅子宮にお邪魔していたのだわ。


「出掛けていたのか、アンヌ?」
「はい、獅子宮に様子を見に行ってきました。」


でも、どうしてシュラ様は、私が出掛けた事が分かったのだろう?
小首を傾げていると、彼がフッと軽い笑みを漏らした。
私の大好きな微笑みに、ついつい目が惹き付けられる。


「入口のところに、アンヌの傘が置いてあった。あの水色の傘は、お前のお気に入りだろう?」
「シュラ様、覚えていたのですか?」


驚きの声を上げた私に対して、彼は片眉を上げて見せただけ。
当たり前だと言わんばかりに、口元には、まだ薄く笑みが残っている。


あれは、まだデスマスク様のところに勤めていた頃、聖戦よりも一年は前の事だ。
丁度、シュラ様が巨蟹宮から帰ろうとした時、急に雨が降り出し、傘を持っていなかった彼に私の傘を貸した事があった。
本当はデスマスク様の傘を貸して上げられれば良かったのだけど、これから出掛ける用事があるとの事だったので、仕方なく私の傘を差し出したのだ。
女物で申し訳ないと思いながら渡した私に対し、シュラ様は「貸して貰えるだけで有難い。」と優しい言葉を掛けてくれた。
それが、とても嬉しかった事を覚えている。


「あの時も、『アンヌは気が利く。』と言ってくださいました。嬉しかったです、とても。」
「俺だって嬉しかったさ。」
「え……?」
「長年、想い続けていた女から、傘を貸して貰ったのだからな。雨の中、あの傘を差して、気分は最高だった。スキップして階段を上っても良いと思うくらいに。」


一瞬、女物の水色の傘を差し、スキップで階段を駆け上がるシュラ様の姿を思い浮かべ、その有り得ない姿に、笑いが噴き出しそうになった。
一見、硬派にみえるシュラ様の、そのような滑稽な姿、見てみたいような、見てみたくないような。
当時の彼は、そんな些細な事でも嬉しかったのだわ。
当時の私が、彼から掛けられた些細な言葉が、とても嬉しかったのと同じように。


「でも、この傘。もうかなり汚れが酷くて、そろそろ買い換えようかと思っているんです。」
「そうか……。思い出の傘だから残念な気がするが、長年使っていれば仕方ない事。折角だ。明日の買い出しの際に、新しい傘を買ってやる。」
「え、でも……。」
「傘くらい、遠慮するな。」


躊躇う私の頭を、ポフポフと軽く叩くみたいに撫でる。
その手の感触が温かく、そして、優しい。


「新しい傘は二人で一緒に選ぼう。どうだ?」


シュラ様と一緒に選ぶ、新しい傘。
それは何だか、とても恋人らしい行為のように思えて、心が躍る。
私は嬉しい気持ちを籠めて、コクリと深く頷いた。





- 1/13 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -