「アンヌ。」
「……はい? うわっ!」


デスマスク様に気を取られ、耳掻きをする手がすっかり止まっていた。
名前を呼ばれると同時に、その手首をグッと掴まれた事に驚いて、顔を正面のデスマスク様の方から、膝の上のシュラ様の方へと向ける。
と、いつの間に仰向けに体勢を変えていたのか、真下からシュラ様の鋭い瞳が私を見上げていて、反射的にビクッとしてしまった。


「何故、そんなに驚く?」
「いえ、その……。真下から見上げられると迫力が凄いな、と。」


普段は、この身長差だもの、見上げる事はあっても、見下ろす事は殆どない。
しかも、この近距離。
その瞳の力のせいか、また妙に意識してしまって、胸がドキドキと高鳴り出す。


「俺の目付きが悪いのは、今に始まった事ではないだろう。驚く必要もない。」
「いえ、別にそういう事を言ってる訳では……。」
「ほう。では、どうしてビクッとした?」
「それは……。」


答えは、自分の膝の上に感じるシュラ様の頭の重さとか、体温とか、触れる耳の感触とか、柔らかな髪の擽ったさとか、そういったものを急に意識し出したから。
でも、それを声に出して伝える訳にはいかず、グッと言葉を詰まらせる。
すると、手首を掴んだ手とは反対の手がスッと伸びてきて、私の頬に触れた。
長くしなやかな指先から、膝の上に感じているものとは比べ物にならない程の体温が、触れた頬の一点にじんわりと広がっていく。


「……つか、オマエ等。俺を放ったらかしにして、また二人の世界でイチャついてンじゃねぇよ。」


再び響いた、呆れ果てたデスマスク様の声にハッとして、またもビクッと身体を揺らした。
ついつい、いつものシュラ様の調子に引き摺り込まれ、危うくデスマスク様の存在を忘れ掛けそうになってしまった。
そんな事を言った日には、「俺の存在を忘れンじゃねぇ!」と、大層お怒りになるのでしょうけど……。


「仕方ない。代わりに俺がパエリアでも作るか。」
「おっ、久し振りだな。シュラのパエリア。」


頬に触れていた指がスッと離れ、シュラ様が再び身体を横向きに変える。
逸らされてしまった瞳に、ホッとすると同時に、残念な気持ちにもなった。
見下ろす視界には、シュラ様の端整な横顔とフワフワと広がる黒い髪の毛。
凄く近くにいるのに、一瞬で遠くなってしまった気がする。


零れそうになる溜息を堪えた私は、明日の夜の事で話を続けるシュラ様とデスマスク様を傍目に、耳掻きの続きを始めた。
それにしても、こんなにも直ぐに、またシュラ様の手料理が食べられる機会が来るなんて……。
次は半年後かしら、なんて思っていたから、余計に嬉しい。
シュラ様の作るパエリア、どんな味がするんだろう。
きっと美味しいに違いない、今朝のトルティージャだって、とても美味しかったもの。
でも、シュラ様のパエリアを食べれる事以上に、シュラ様が料理をする姿を、また近くで見れる。
その事の方が楽しみだったりする。



→第6話に続く


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