度を越えた要求、か……。


正直、段々と感覚が鈍っているのは確かよね。
この膝枕と耳掻きだってそうだけど、これがデスマスク様だったら、間違いなく断っていた。
いや、そもそもデスマスク様なら、こういう事は要求してこないのだけれども。
相手がシュラ様だと、ついつい自分も浮かれてしまうのか、どんな事でもしてしまう、そうして差し上げたくなってしまう。


本来なら、このような半裸姿でいる事も、もっとハッキリ注意しなければいけない事なのに、今や当たり前の日常と化してしまっているし。
恋人みたいに寄り添って座らされたり、抱き竦められたり、き、キスをされたり……。
やだ、思い出しただけで恥ずかしくなってくる。


この宮に移って来てからの事を振り返ると、何が仕事で、何が仕事ではないのか、それが良く分からなくなっている事に気付く。
考えてみれば、今では仕事とプライベートの区別が、殆どないに等しい状態。
休日だって、その多くをシュラ様と共に過ごしているのだもの。
二人で市街へ出掛けたり、そうではない日も、必ずシュラ様がピッタリと私の傍にいる。


「シュラ様、こちら側の耳は終わりました。」
「そうか……。」


でも、今更それを直すとなると難しい。
もうこれで当たり前になっているのを、「それは無理です、出来ません。」と言ったところで、シュラ様が納得してくれるだろうか。
いや、納得などしてはくれないだろう。


それ以上に、私自身がこのペースにすっかり馴染んでしまってるのだもの。
変えるとなると、いっそ磨羯宮から暇(イトマ)を貰うくらいの覚悟でなきゃ無理だ。
それはつまり、シュラ様の女官として働くのを辞めるという事。
彼の生活から抜け出さなければ、絶対に変えられないと分かっているのだから、そうするしかない。


でも、私はシュラ様が『例の彼女』に告白をして、恋人になるまでは彼にお仕えしようと決めている。
それまでは多少の無茶な要求でも、聞いて上げたい。
それは一方的にシュラ様に惚れてしまっている私の、勝手な決め事で自己満足だ。
だって、きっとどうせもう、そんなに長い時間ではないのだろうから。
何だかんだ言って、近い内にシュラ様は独り身じゃなくなると、そう思う。


「アンヌ、これで良いか?」
「え? あ、ちょっと、それは……。」


反対の耳も耳掻きをしてくれという意味だろう。
シュラ様は私の膝に頭を預けたまま、ゴロリと向きを変えた。
しかし、そうするとシュラ様の顔が内向きになり、視線が私のお腹の辺りに……。


「あ、あの……。それは何だか恥ずかしいので、一旦、起きてください。」
「恥ずかしい? 何がだ?」


何が? と問われても、何と言って良いか……。
自分の身体の一点をジッと見られる事がくすぐったいと言うか、ムズムズすると言うか。
シュラ様が少し頭を上げた隙に、そこから立ち上がった私。
今、座っていた場所とは反対のソファーの端へ移動すると、彼の足を除けて、その隙間に腰を掛けた。


「シュラ様、どうぞ。」
「あ、ああ……。」

ノソッと起き上がって、ソファーの真ん中に座り込んでいたシュラ様は、ジッと私の行動を見ていたかと思うと。
小さくフッと軽い笑みを零してから、再び私の膝に頭を預けた。


あ、シュラ様の笑み、私の大好きな……。


昨日の朝、出掛けるのを見送ってから、見ていなかった笑顔だ。
極々軽い、この笑み、私の大好きな素敵な笑顔。
丸一日以上、見ていなかっただけで、私は飢えてしまっていた、この笑顔に。


僅かに心を弾ませながら、もう片方の耳を覗き込む。
こんな調子で、本当にシュラ様の傍を離れられるのかしら、私?
この宮を出て行く日が来る時の事を思うと、激しい不安に襲われそうだった。





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