それから。
午前中の数時間は、兎に角、目に付く全ての場所を掃除する事だけに費やした。
あの泥棒が入ったようなグチャメチャなリビングも、衣服の散乱した寝室も、洗濯機の設置されている散らかり放題な浴室も、洗面台もトイレまで、私が目を通した部屋という部屋は、全て片付けた。


と言っても、殆どは表面上だけ綺麗に片付けたに過ぎない。
キッチリと隅々まで手を回すには、少々、時間が足りなかったからだ。
でも、お掃除する時間なら、これから幾らでもあるのだし、細かなところはこれから毎日、少しずつ手をつけていけば良いわ。


ベッドのカバーとシーツを外し、今日、何度目だか分からない洗濯機を稼動させる。
新しいパリッとしたシーツを敷き、ベランダで枕や上掛けの埃を叩き落とすと、先程までの陰気で暗い寝室が、心地良い睡眠を誘う爽やかな空間に変わった。


よし、これで残すところは……。


「シュラ様。申し訳ないのですが、そのソファーも綺麗にしたいのです。退けて頂けませんか?」
「……ん?」


ソファーの前に仁王立ちした私に対し、何を考えているのだか分からない顔で私を見上げたシュラ様は、暫く時が止まったかのように動かなかった。
が、私が痺れを切らしそうになる一歩手前でノロノロと重い腰を上げると、読んでいた本を片手に寝室へと立ち去っていった。
ふぅ、これでやっとリビング全部が片付くわね。


私は早速とばかりに黒い革張りのソファーを革用クリームを使って丹念に磨き上げると、シュラ様の体重で潰れてひしゃげたクッションの埃を叩き、真新しいクッションカバーを掛けて並べた。
パリッとした淡いブルーのカバーが爽やかで、先程までのゴミ部屋に比べると、部屋の中に清潔感が生まれる。
シンプルでいてスマートなインテリアと、簡素な室内。
でも、何だか……。


この部屋には、どうにも『個性』がないように感じられた。
ありきたりの家具に、飾りっ気のない部屋、白いだけの壁。
先程までのグチャメチャな状態が、寧ろ、この部屋とその主の『個性』だったようにすら感じられてくる。
一瞬だけ、全部を綺麗に片付けてしまったのは間違っていたのではないかという気持ちになって、私は慌てて頭を振った。
いやいや。
この部屋を、あのようなゴミ溜めのままにしておくだなんて、私のプライドが許さないわ!


気が付けば、時計の針はもう十一時を回っていた。
そろそろ昼食の準備をしなければいけない時間。
そう思って、キッチンの方へ足を進めたところで、ふと思い立ってシュラ様の寝室を覗く。
細く開いた扉の隙間から見れば、シュラ様は先程まで読んでいた本を開いたまま、ベッドの上でうつ伏せになって眠っていた。


綺麗に整えられたベッドの上、枕に顔を埋めて気持ち良さそうにスースーと寝息を立てているシュラ様。
その傍には、私が片付けの途中で発掘した小さな仔山羊のぬいぐるみが座っている。
きっと、彼に好意を寄せている女官からのプレゼントなのだろう。
どちらかと言えば強面のシュラ様が、ぬいぐるみの傍で心地良さ気に眠っている姿は、何だかとても可愛らしかった。





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