今だけは(カイメイ)




───貴方が居なくなった隣を見るのが、とても切なかった。




───泣けてくるくらい、切なかったのよ。









 電灯の明かりが続く夜道を疲れた身体を引きずって進んでいく。社会人一年目、まだまだこれからだというのに、この気だるさはどうしたものだろうかと思う。
(・・・なんかやたらダルいわ・・・。今日はさっさとお風呂入って呑んで寝よう)
 なんか一個多いぞ、と聞こえてきそうな気がするがとりあえず無視。心の疲れには酒が一番だ。


 そんなことを考えているうちに、住み慣れたアパートに着いた。部屋の鍵を開ける。
「ただいまー・・・」
 やる気のない私の声が部屋に響く。少し寂しい気分になるが、一人暮らしなのだから「おかえり」なんて返ってきたら洒落にならない。


「あ、おかえりめーちゃん!」
 そうそうこんな風に。






・・・・・・え?


「ええぇぇええぇ!!?」
(な、何!?どういう事!?誰!?)
 私が混乱していると、リビングのドアが開いた。


「あはは。ゴメン、びっくりした?」
 そう言いながら現れたのは、青い髪をした青年。その面影に覚えがあった。
「まさか・・・カイト?」
「あ、良かった、憶えててくれた」
 嬉しそうに彼が笑った。










「まったく、なんで一言連絡くらい寄越さないのよ!」
 淹れたコーヒーを渡しながら、私はカイトに文句を言った。
「ゴメン、驚かせたくてさ」
「と言うか、鍵はどうしたのよ」
 まさかピッキング、という事はないだろう。
「何言ってるの、俺がこの町から出てく日にめーちゃんがくれたんだろ、泣きながら」


・・・そうだった。
「そんなこともあったわね、忘れてたわ」
「・・・いや、自分以外に自宅の鍵持ってる人は忘れちゃマズイよ」
「仕方ないでしょ、五年も音信不通だったんだし」




 そう、カイトが居なくなったのは五年も前のこと。
 医者を目指す彼は、この町から離れた医大を受験し見事合格。高校卒業と共に向こうへ行くことになった。
 彼が町を発つ日、私は今暮らすアパートの鍵を彼に渡した。帰ってきたら必ず来なさいと言う意味で。




「・・・と言うか、なんで全く連絡寄越さないのよ。メールも電話も繋がらないし」
「あぁ、実は、携帯壊しちゃったんだ。向こう着いて数ヶ月くらいで」


・・・まぁ、カイトなら十分あり得る話だ。
「・・・心配した?体調とか、浮気とか」
「体調は多少。浮気は心配してないわ」
 私がそう言うと、カイトが「えぇー」と不満な声を出す。
「何よ?」
「・・・だって五年だよ?五年もこんなイイオトコほったらかしで、何も心配なし?」
・・・自分で言うか。
「イイオトコかはともかく、あんたヘタレだもの」
「あ、酷い」


 そんなくだらないやり取りをしながら、私は改めて彼を見た。
 少し伸びた身長、大人びた表情、笑った顔に優しい声。変わったところも変わらないところも沢山あった。


 さっきはああ言ったが、本当は心配するどころか諦めていた。


 私よりもいい彼女をつくって、楽しく過ごして、私の好きな笑顔をその娘に向けているんだと。
 それもしょうがないと思った。長距離恋愛なんて、そう上手くいくものじゃないから。
(まぁ、私も浮気なんてできなかったけど・・・。)


「めーちゃん?」
「・・・え、あ、なに?」
「大丈夫?ぼーっとしてたけど」
「ん、ごめん、ちょっと考え事してて」
「・・・なら良いけど、なんか疲れてるっぽいし」
 カイトが心配そうに言う。
「ふふ、大丈夫よ。ところで、このあとどうするのよ?」
「え、どうって・・・」
「まさか、一人暮らしの女の家に押しかけて、何もしないでサヨウナラ?」


 そう言うと、カイトの顔がみるみる赤くなっていった。
「あ、いや、その・・・」
(・・・ああもう、相変わらずかわいいわね)
 少しは大人になったかと思ったら、この辺はあまり前と変わってない。
 以前だってこうだった。せっかく膳を据えてやっても大抵は顔を真っ赤にして逃げるばかり、身体を重ねたのなんてごく数回。お陰様で私はなんとも清い青春時代を過ごす羽目になった。
(要するにヘタレなのよね)


 そんな彼に、私はギュッと抱きついた。
「め、めーちゃん!?」
「ねぇ、私たち、もう大人でしょ?」
「うっ」
「それに、五年も待ってたんだから」




 そう、お互い、もう子供じゃない。




「今さら嫌だなんて、言わせないわよ」

















 カーテンから溢れる光で私は目が覚めた。
(・・・あれ、朝か)
 まだ半分寝ている頭に、昨日の夜の記憶がスロー再生されていく。
(・・・てか、意外と乗り気だったじゃないあいつ)
 先に堕ちたのは私だった。まぁ、昨日はちょっと疲れてたし。


(・・・・・・そう言えばカイトは・・・?)
「あ、めーちゃん起きた?」
 声のした方を見ると、コンビニの菓子パンを食べる彼が居た。
「んー・・・カイトおはよー・・・」
「おはよう。冷蔵庫、お酒しか入ってなかったから近くのコンビニで買ってきた。めーちゃんの分もあるよ」
 それはありがたいと、私は起きあがった。するとカイトが急に目を背けた。
「ん?どしたの?」
「や、だってその格好」


(あぁ、成る程)
 布団から出た私は昨夜の姿のままだった。
(いまさらって気もするけどなぁ)
 とは言うものの、全裸で歩き回る趣味があるわけでも無いので、先に服を着ることにした。






「で、あんたいつまで此方に居るのよ?」
「えっ?あぁ、一週間は居られるよ」
「じゃあ、昼は仕事だから、夜は毎日ここに来なさい」
 えっ、とカイトが驚く。
「何よ、嫌なの?」
「じゃなくて、えっと、その・・・毎晩やるの?」
 その一言に、飲んでいた牛乳を吹いてしまった。
「ゴホッゴホッ!!」
「わっ、めーちゃん!?」「んな訳ないでしょ!昨日は特別よ!」
 昨日少し強引に誘ったからか、カイトの中で私のキャラが若干変なことになっているようだ。
「えーと、じゃあ・・・?」
(・・・鈍いのも相変わらず、か)
 私はハァ、とため息をついた。そして、しょうがないので彼に教えてやる。




「また会えなくなるんだから、少しでも多く一緒に居たいじゃない」
 コトンと、彼の肩に額をのせる。
「・・・五年よ?一週間じゃ、全然足りないわ」




 私が甘えるのが下手だからかもしれないけど、私が昨日のような夜をどれだけ願ったか、今日のような朝を何度夢に見たか、彼は分かっていない。
「本当に会いたかったのよ、ずっと」




 だから、今だけは、




「・・・そうだね」
 そう言って彼が私の背中に手を回す。温かかった。
「来るよ、今日も明日も明後日も」
 一緒に過ごそう、笑って彼が言った。


 それにつられて、私も笑った。














───貴方の進む道を邪魔してまで、一緒に居たいとは言わないから、





───せめて今だけは、私だけの貴方でいて。




end




○あとがき○
 またまたカイメイで現パロでス。個人的にカイトはヘタレな方が好きでス。(書きやすさ的にモ)


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