乗り越えて(カイメイ)





───今、貴方は当たり前のように笑えているけれど、





───それさえ叶わないくらい辛い頃が、貴方にはあったわね。























「はぁ、はぁ、あの馬鹿っ!」


 凍えるような寒さの中、私は息切らして夜の町を走り回っていた。もう随分と走り回ったが、いっこうに探しものは見付からない。ちなみに一応言っておくと、探しものとは言っても私が今探しているのは『物』じゃない。
 こんなに必死になって探しているのは、最近新しく我が家にやってきた私の後輩。
 まだ色々と慣れないのかやたら他人行儀なところはあるけど、とてもいい奴。






 そんな彼が、家出した。





「あっ!?」
 通りかかったとある公園、その隅っこのベンチに外灯に照らされた青い髪が見えた。間違いない、あいつだ。
「カイト!!」
 私は彼のもとへ駆け寄った。
 息を切らして目の前に立った私に対し、彼は無反応で下を向いたままでいる。さっきの私の声だって、絶対に聞こえているはずなのに。
「・・・帰るわよ、カイト」
「・・・」
 やはり動く気配はない。一人にしてくれとでもいう様に黙りこんでいる。
「ほら、風邪でも引いたら・・・」
「・・・・・・れ」
「えっ?」






「もう、放っておいてくれ」






 振り絞るようにカイトが言った。
「・・・なんで」
「・・・分かるだろ?」
 静かに彼がベンチから立ち上がる。見下ろしていた頭が、今度は見上げる位置にあった。
「なぁメイコ、俺が、なんて言われてるか知ってるんだろ・・・?」
「カイ、ト・・・」
 彼の暗く濁った眼が、私を睨む。
「・・・なぁ、なんでだよ・・・?」



















「・・・なんで・・・俺が失敗作、なんだよ・・・!」










 それだけ言うと、カイトはガシガシと頭を掻いてまた乱暴に座りこんだ。
「・・・これじゃあ、なんの為に生まれたのか分からない・・・」
 消えそうな声でカイトがそう呟く。
(・・・違う、違うわカイト)
 私もマスターもそんな風になんて思ってない。周りがどう言おうと関係ないじゃないか。そう言ってあげたかったが、私には言えなかった。それを私が言うのは、彼にとって嫌みにしかならないように思えたから。


(あぁ、カイト・・・)


 初めてできた自分の相棒。その彼の苦悩が、まるで自分のことのように苦しかった。


(でもそれを言えば、あんたはきっと怒るのよね・・・)


 お前に何が解るんだ、と。


(でもそれなら、私には何ができるの?)


 こうやって、ただ苦しむあんたを見ているだけ?




「・・・いやよ・・・そんなの・・・」


















───だって、それではあまりに・・・。








───悲し、すぎる。























「めーちゃん?」
 ふいに、ふわりと軽い声に呼ばれた。本のページを捲ったように急に景色が変わる。


 いま目の前に見えるのは・・・・・・どアップの彼の顔。


「きゃああぁぁ!?」
「うわぁ!」


 思わずおもいっきり彼を突き飛ばしてしまった。どこかぶつけたのかゴッと嫌な音がしたけど、まぁそこは気にしない。そんなことより、


「な、何してんのよあんた!?」
「いたたた・・・や、何もしてないよ」
「嘘!!」
「嘘じゃないよ!なんかめーちゃんが泣きながら寝てたから気になっただけで・・・」
「・・・へ?」


 驚いて目尻に手をやる。確かに涙に濡れていた。


「ほらね」
「本当ね・・・」
「なんか嫌な夢でも見た?」
 頭を押さえながら彼が尋ねてくる。やはりぶつけたらしい。


「そうね・・・ちょっと昔の夢を見たわ」
「昔の?」
「あんたが逃げ出したときのこと」
「・・・うわぁ」


 それを聞いてカイトが苦笑いになる。
「あれは大変だったわねー」
「・・・その節はすいませんでした」
 さっきまでのヘラヘラが一転、カイトが謝ってきた。この話をぶり返すといつもこうだ。


「ふふ、いつも言ってるでしょ、もういいわよ」
「・・・でも、泣くくらいには嫌な思い出なんでしょ」


 まぁ、それを言われると否定はできない。確かにあの時は色々と悲しかった。



 でも、




「思い出は思い出よ。今のあんたが大丈夫なら何にも問題ないわ」
「そう?」
「そうよ」


















 あの暗い時期を乗り越えて、彼は今、ちゃんと真っ直ぐ立っている。
 そして皆の前でも、一家の長男として、歌の先輩として堂々と胸を張っている。




 ならば、そんな彼に今さら文句などあろうものか。



















「まぁ、まだまだ頼りないところもあるけどね」
「えぇ!?」
「バカイトだし」
「めーちゃんひどいよ!?」




「でも」




 グイッと彼を引き寄せ、大きな背中に腕を回した。「よく、耐えたわね」




 彼が何かを投げ出したのは後にも先にもあの時だけだったけど、本当はもっと、ずっとずっと辛かった筈だ。




 だから、少しくらい褒めてあげたっていいだろう。





「めーちゃん・・・」
「私は、ずっと見てたからちゃんと知ってる」


















───本当に、本当に、



















「あんたは頑張ったわ、カイト」




















───暗い暗い日々を乗り越えた、





───貴方の輝きが好きなのよ。




end




○あとがき○
 出会ってはじめの頃はカイトはめーちゃんのことを「メイコ」と呼んでいましタ!・・・そういうことにしましタ。


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